少女は自分の父親をひどく尊敬していた。

 冷静で的確なところも好きだったし、厳しくてもきつくても言っていることは結局正しいところが好きだった。すずしげな横顔で、少女にはけして理解しえない難解な書物を造作なく読み進める姿や、どんな魔法でもひどくたやすく使って見せる姿に、幼い少女はまっすぐな尊敬とあこがれを込めて、心の底から大好きだった。けれど一番すきなのは、母親や自分に向ける優しい表情でもあったのだけれど。
 とにもかくにも、父親にまつわるものが好きだったし、尊敬していたのだ。

 が、しかし。

「あれ、なんだかご機嫌ナナメだね、どうしたの、オヒメサマ?」

 この、『父の学友』と名乗るおとこが、彼女は心底嫌いだった。
 飴色の瞳をこどもらしからぬ鋭さにすがめて、少女は目の前の派手なおとこに向ける。

「ほんとこどもって成長するのが早いなぁ。昔はもっとすなおだったのにさ。これが所謂反抗期ってやつ?」
「がくしゅうしただけです」

 まだたどたどしさの抜けない甘い声音は、反してぴしゃりと冷たく拒絶のかたまりでしかない。それを愉快そうに眺めるおとこは、かすかに眉を寄せて笑う。

「へぇ、かわいくなくなっちゃって」

 わざとらしく悲しげな顔を浮かべてみせたりする、が、それが表面上だけのもので、実際は自分はばかにされているのだということを、聡明であり年齢不相応に高い矜持をもつ少女はなんとなくではあるが、気づき始めていた。手に持っていたペンをにぎりしめ、

「そういうあなたは、少しもかわりませんね」
「つまり、俺っていつまでも若々しいってことかな?」
「おちつきがないということです。あなたが父よりいつつも年上だなんて、しんじられません」
「こころが少年のようだ、とか言ってほしいなぁ」
「そう思いたいのなら、それでけっこうだと思いますが?」
「ほんと、きみ、なまいきになったね‥‥」

 エスト君に似過ぎなんじゃない?とつまらなそうに吐き捨てたけれど、そんなのはただのほめことばでしかない。
 そう言い返せば、淡く口元に笑みがうかぶ。いっそ穏やかなそれは。なぜだか。
 ひくく、したからのぞきこむ視線。挟んでいるはずのテーブルひとつぶんの距離など、意味がないことがわかる。

「ねぇ、おひめさま」

 あかいひとみが、目の前で、異質なもののようにひかる。三日月のような唇から、ちらりと見えた白い歯が、獣の牙のようにも見えて。しらず、ごくりと喉がなったのは。
 だいきらいなおとこだとか、両親の知り合いだとか、そんなことは関係なく。
 とっさに。反射で。
 ころされる、と。そう思った。
 おおきな瞳を凍ったように見開いたまま、逸らしたくとも逸らせない、意思をもってまぶたを閉ざすことすらままならない、目に見えないそれは、ある種の拘束。

「‥‥うん、まだ、可愛いね」

 たっぷりと間を置いて愉快そうに落とされた言葉で、ようやく見えない戒めがなくなった、ように感じた。
 言いようのない不気味さを押し出した後、少女に襲いかかるのは高めの矜持に見合った感情。おとこへの敵愾心と嫌悪感によって増長されるそれは。すなわち羞恥心と、敗北感による屈辱、だ。 
 ぽんぽん、とことわりなく頭に触れていたてを、問答無用ではたきおとした。ぱん、と渇いたおとを立てて、あっさり水色の指先がはなれていく。その毒々しい色に、吐き気がする。
 冷たいなぁ、と空々しく悲しむふりをする。答える言葉を選ぶのもおっくうで、無言でただにらみ続けた。けれどいくら睨もうとも、おとこは淡いえみのまま。それどころか、ひどく愉快そうに、あっさりと少女が一番恐れているカードを切った。

「ほんのちょっと前まで、俺のお嫁さんになってくれる、って言ってたのに」

 効果は抜群である。
 ただでさえ悔しさでうっすら色づいていた薄桃の頬が、一気に、りんごのようにあかく染まる。

「‥‥っ、こ、こどものころの、はなしです!!」
「今だって十分こどもだと思うけど?」
「こ、こどもあつかいしないでください!!」 
「それは仕方ないよ。ルルちゃんとエストくんのこどもなら、俺にとっても我が子みたいにかわいいわけだし」
「おことわりです、ごめんです。前々から思っていましたが、いくらがくゆうだからって、あなたは父と母になれなれしすぎると、思います!」
「だめだめ、それも仕方ないよ。だって、おれはあの二人がだいすき、なんだから」

 かすかに目を細めて笑って見せる。
 だぁいすき。だと、彩る声はむやみに明るい。少女は、はたはた、と数回瞬くと、即座に嫌そうに顔をしかめた。

「うそつき」

 ばっさりと切って捨てる言葉は、言い訳をさしこむ余地のないほどにつめたく。言葉の温度にかかわらず、母親譲りの瞳はとろけそうに甘い色。しかし、揺るぐことなくまっすぐにおことをとらえ続ける。おとこは、あどけない水面にうつる自身を眺める。瞬間、それまで消すことのなかった笑みが消えて、真空のように見えたのは、ひどくうつろな無感情。

「きみ、ほんと、エスト君に似ちゃったね」

 あぁ、それとも、ルルちゃんに似ているのかな。
 かすかに首を傾げれば、動きに合わせてさらりと揺れる爪と同じ派手な色のかみ。

「これでも、だいすきなんだけどなぁ。二人がすぐわかるように、こうして昔のまま格好をわざわざしてあげる程度にはね、好きだよ」
「ひとのしゅこうに文句をつけるきはありませんが、あまりいいしゅみとはいえませんね」
「へぇ、でも君のお母さんには褒められるけど?」
「‥‥‥‥‥」

 おかあさんなら、ありうる。いいかねない。
 と、なんとも言えない表情になる少女をにこやかに眺めた後。

「ねぇ、おかーさんをおとーとくんに取られて、さみしくないの?」

 突然、問いかけた。
 油断しきっていたところへ、予想外な攻撃だった。少女は思わず言葉に詰まる。

「‥‥っ!?あの子は、まだ、手がかかりますし。わたしはもう、‥‥‥‥こどもじゃ、ありませんから」

 頭の隅に、浮かぶのは。嬉しそうに弟を抱きしめ、名前を呼ぶ母親の姿。今日だって、熱が出た弟を病院に連れて行くからと、少女はこの好きでもないおとことふたりで留守番をさせられることになったのだ。けれどそれは、留守番くらいできるのだと、彼女のことを信じた母親の判断だから。弟だって、あんなにからだが小さいのだから、熱のひとつで大事にだってなりかねない。だから。だから、決して、弟だけがかわいいだとか。そんな話では。

「ふぅん?」

 目線をついと合わせると、見透かすようにのぞきこまれる。反射的に目をそらしたのは、居心地がわるかったから。くすり、とわざとらしく笑みをこぼし。



「うそつき」


 にこやかな笑顔のまま、けれどその奥にくっきり見えるのは。
 蔑み馬鹿にし見下し哀れむ、心底気の毒なひとを見るような。

 言われた言葉を理解して、おとこの表情の意味を理解して、真っ白だった頭が、当然のようにあかく染まる。   

「っ、あな、たは‥っ!!」
「はは、怒った顔はルルちゃん似なのかなぁ」

 本当にかわいいね、お姫様は。
 そう、うそぶくおとこのことが、やはり、どうしたって好きになれるはずがないと、少女は思ったのだ。














(幸せ家族計画そのよん「ちょうじょのばあい」)











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 家族+アルバロさん。
 アルバロとるるたんがくっつかなかった場合、あいつはどこで生きていくのかよくわかりませんが、時折エストくんにちゃちゃ入れに来て居たらいいなぁ、っていう願望。顔を出した瞬間のえすとくんの呪い殺さんばかりの表情が面白くて仕方ない、みたいな。
  アルバロは自分のよんぶんのいちにもみたいな年の少女相手に容赦なくさっきをさしむけるような大人だと思っています。
 長女は外見やら性格やらは基本エストがベースで、瞳はルルたん似。おとうさん大好きで、でもおかあさんも大好き。弟も好きですが、おとうさん以外には基本ツンデレです(ここ大事)。
   20130901