リナウド博士‥‥もとい、エスト先生の授業は大変評判がいい。
 確かに最年少で学園の教師に就任したことでやっかみもあるし、態度は冷ややかで冗談もまともに言わないから、敵も多そうだ。しかし、黒の塔の優秀な研究者を勤めたことがあるほどの技量は誰もが認めるところであるし、言い方は辛辣でも、彼がくだす評価は非常に公平だ。
 なにより、これはかなり意外なことだが、かなり教えるのがうまい、ときた。

 一度だけ機会があり、「先生は『分からない』生徒に対するのがお上手ですね」と話をしたら、「まぁ、慣れてますから」となぜだか苦笑をされた。

 ちなみにリナウド博士・先生と呼べなくなったのは、同じ職場に奥さんがいるからで、そちらの『リナウド先生』については、エスト先生とかなり真逆を突っ走っていることをここに書き添える。(もっとも、それは親しみやすさとかスタンスの問題であり、決して嫌われたり馬鹿にされたり、というわけではない)
 

 沈着冷静かつ理性的。
 それが基本的な、生徒の先生に対する評価だろう。

 
 そんな、ある日。

 その日は、10分の遅刻という、律儀と評判の先生にしてはすでに珍しい状況だった。
 そして、そんなことさえ吹っ飛ぶ驚くべき光景を、その日出席していた生徒たちは目にするのだ。


 が、ばたん!!
 と前触れなく教室の扉が乱雑に開く。
 それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、扉を開けた人物、‥‥先生の動向を見守っていた。

 そんな視線などものともせず、かつかつかつかつ、と加速の魔法でもかけているのだろうか、という速度で黒板に至ると、

『本日、休講。』
 
 めったに見られない、先生の殴り書きの字であった。
 がつん、と乱暴にチョークを置き、くるりと振り返る。表情だけならば常の涼しいそれ。しかし。

       以上。すみませんが、失礼します」
 
 とだけ言い残すが早いか、ものすごい速度で教室を駆け抜けていった。ばたん、と遅れて扉が揺れる音がする。
 ‥‥早っ。
 というのは、その場にいたすべての生徒の感想である。
 しばし、取り残された生徒たちは茫然、としていたのだが。

「‥‥っていうかさ、急用で休みにするなら、パピヨンメサージュ使えばよかったんじゃね?」
「あ」

 ぽつりとこぼした言葉に、教室にいた生徒たちはますます謎が深まるばかり。
 沈着冷静で理知的な先生の、良くわからない動向。何が何だかさっぱりで。
 


        その答えを知るのは、次の週。
 先週の非礼をきちりと詫びたあと先生は、彼の奥さんが急に倒れ、それで例になく動揺し慌てていたのだと説明してくれた。
 「ルルちゃん先生、何かあったんですか!?」とうろたえる(特に女子中心の)生徒に、らしくない歯切れの悪さでしばらく言いよどみ言葉を選びかねるようにためらったあげく。


「‥‥悪阻で」


 違う意味で、動揺が走るのであった。
 
 一拍遅れて教室を埋め尽くした歓声に苦い顔をする先生は、それでも困ったように笑っていた。
 心からの歓声は、先生たちが大好きだからで。




(「せんせい、おめでとうございます!!」)

 












(幸せ家族計画そのさん「こどもができました。」)











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 慌てるエストが見たい。
 補足設定。エストはルルが学校卒業するまで黒の塔で研究者→そのまま教師。ルルたんもエストくんにならって、ではないけれど卒業後は先生。主にちいさいこ中心。たぶん女子寮の監督も兼ねている。ルルちゃん先生は人気者です。願望。
   20110131