Absurd Pink

 アルバロと同じ色にしたいの。

 きらきらとした眼差しで見上げて何を言うかと思えば。
 突き出した少女の、華奢な手の甲と、健康的な桃色の爪を見おろし、男はひどくシンプルに思った。

       あほか、こいつ、と。

「‥‥どうして?」
「どうして?」

 僅かな含みを持たせた男の問いは、こてり、と傾げられた少女の無垢な反駁に打ち消された。
 すぅと口元にだけひかれた笑み。白い三日月のように冴え冴えとそそがれるその表情にも、臆することなく。

「だって、綺麗なんだもの。アルバロのその色。私は、すごく好きだわ」

 うっすら、三日月が歪む。けれど、ただ、ふぅん、と興味のなさそうな呟きが紡がれるだけで、それ以上は何もなく。目の前に差し出された手を拾い上げるように無造作に取ると、じりりとその爪を撫でる。
 桜貝色の可愛らしい、指先。
 いかにも優良児のようななめらかな感触を、たどるように。

「お願い、きいてくれる?」
「もちろん、ご主人さまのお願いとあればお安いご用、なんだけど、ね」

 意味ありげに言葉を切って、見下ろした甘い飴色の瞳。真向から見上げてくるそれが、面白い、と思う。いつだって、そうだ。
 いつか終りが来るとしたら、この目がくすんで、堕ちた時だろうなと。
       そうなったらまずこの目を潰すか。と夢想することなどおくびに出さず、指先にくちびるを寄せて囁く声は。甘い。

「ご褒美は、もらえるんだよね。当然」
「え、」

 くつり、と咽喉の奥から零した男の笑みは、けもののそれに似た。したたかで、獰猛に。
 一瞬にして強張った少女の表情を満足げに見下ろし、改めて少女の両手をとると、さらりとその指先を撫でて小さく呟く。かすかに彼のタリスマンがきらめいた、ような気がしたあと、彼女の指先は男のそれと同色に染まっていた。

 ぱちくり、と一連を見守っていた少女だったが、男の手が離れ、あっという間に仕上がった指先を眺め、目をまたたかせる。
 きょとん、と首をかしげ、二三度、手をひっくりかえし、もどし、またひっくり返し、を繰り返す。そして、ポケットから鏡を引っ張り出し、なお唸る。

「‥‥なにか、ご不満かな?ルルちゃん」 

 別に感想を求めていたわけではなく、まして褒めれたかった、などという滑稽な心境だったわけではないが。こと魔法に関してまさしく夢見る少女、のはずの彼女が、『すごいわ!』だとか『素敵な魔法!』だとか、歯が浮きそうな痛い台詞を何一つ言わない事に違和感があった。

 ひょい、と横から鏡面を覗き込む。鏡の中、頬に手を添えたお姫様はきゅうと寄せた眉根のまま。それはそれは深刻そうに、何を言うかと思えば。

「似合わない」

 である。
 もどかしそうに歯噛みして、苦いくすりを呑まされるこどものように、いやいやと首を振った。

「やっぱりやめる」

 さも当然のように、そう。
 ‥‥それが、当り前のことのように。始まりと同じ所作でアルバロの前に鮮やかなブルーに染められたゆびさきを差し出してきた。

 ‥‥‥なんだろうか、この気持ち。ああ、そうだ。すごく、ものすっごく、今、この餓鬼を殺してやりたい。

 じんわり殺意の滲んだ輪郭の中で、それでも男は少女に対し向けるのは、毒々しいほどに鮮やかな笑みだ。

「ねぇ、ルルちゃん。俺の傷ついた心が今何を考えてるか、きっと君には考えもつかないんだろうなぁ」
「分かるわけないわ!だってアルバロの考えてることなんて、いつもよく分からないんだもの!!」
    だから、お前はガキだ、って言ってるんだ」

 忌々しそうな苛立ちを隠す気ももはやなく。面倒くさそうに呟けば、何故だか向こうもむっとしたような顔をしてくる。

「だってこんなに似合わないと、思わなかったんだもん!こんなに好きなのに、何だかとっても不条理だわ!!」
「俺が知るかよ」
「それに、」

 そこではた、と言葉を切った。ちらりとうかがうように上げてきた目線。己の爪を見おろし、再度男へ顔を向け、―――――何故か、溜息。
 意味の知れないその行動に瞳を剣呑に細め、「なに」と無感情に問われた言葉へ、怒ったように‥‥否、真実腹立たしそうに少女は言った。

「それに!このままにしておいたら、これ見るたびにアルバロのこと思い出しちゃうもの!!今以上にアルバロのことばっかり考えちゃうな、って思ったの!
そんなのいやだわ!!今でさえいっぱいいっぱいなのに!!」

 ふい、と視線をおろし、爪先を睨みつけながら、なんだかすっごくやしいの!と息まく項を見下ろした。
 ‥‥やっぱり、あほだ、こいつ。
 ふわふわゆれる、とけるような桃色は甘い甘い菓子のようで。きっと、食べたら胸やけするほどに甘ったるいのだろう。何せ、食べてしまう前からこれだけ、はきけがしそうなほどに甘ったるい。きっと頭の中にも砂糖菓子が詰まっているんだ、多分、そうに違いない。

 ふいに、男に浮かぶのは、見かけだけは華やかな笑み。その笑みの意味するところに身に覚えがあるらしい少女は思わず身構える。それに構わず、むしろそれを見てとりいっそう愉しそうに、男は笑う。

「俺さ、ご褒美あるんだよね、って聞いたよね、さっき」
「え?そ、そうだった、かし、ら?」
「冷たいなぁ」 

 少女と同じ色の爪をした長い指を桃色の髪にからませれば、びくり、とひるむ気配がする。その反応に咽喉を鳴らし、耳元に唇を寄せて囁くのは、もちろん、わざとだ。

「当分、俺のことばっかり考えててよ。何をしてても、誰と居ても」
「い、いやよそんなの」
「大丈夫、これ、残しておいてあげるから。」

 これ、と。同じ色の指先を重ね合わせると、「え」と、少女の表情がこわばった。
 反比例、男の笑みは、作りモノではない満足そうに深くなっていく。

「え?ちょっと待ってそれとっても困るの!!や、やめてアルバロ!!       それがしたいだけでしょ!?いやがらせね!?いやがらせなんでしょ!?も、戻してよー!!」

 懸命なこえは空しく響く。
 返事は是とも非とも返されず、ただ、少女の爪は、鮮やかなエメラルドグリーンに染められたまま。

 その後しばらく、授業中などおかまいなく突然机に突っ伏し頭を抱える、桃色の髪に似合わない、あおに爪を染められた少女の姿が多数目撃されたという。
 幻聴のように聞こえるのは、真実愉快そうに笑う、声。





















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 あるる。甘い。すごくあまい。(大事なことなので2回)
 自分でびっくりしたわ。なんでえするるより甘くなるんだよ意味分かんないイラっ。
 ひとつ主張したいのは、アルバロさんは、ルルに四六時中自分のことを考えていてほしい、とかじゃ、決してなくて。純粋に純然たるいやがらせとして、っていう話。そんな可愛い甘い思考は求めてないと思うの。
 20110314