冷静沈着にして有能、信頼しうる部下であり尊敬できる上司であり頼りがいのある同僚。動揺する様などついぞ見られない侍従長殿。
 ――――しかし。

「シエラ〜、シエラ。ほら、こっちにいらっしゃい」
「‥‥」
「‥‥シエラ‥‥」

 琥珀の瞳の子猫とにらめっこをする現在の彼からはその威厳は微塵も感じられなかった。ついでに手に持った猫缶とねこじゃらしが、残っていたなけなしの尊厳すらうばっていく。
 そんなこと、本人はまるで気に留める様子もなく。木の上にいる白い毛並みの子猫へと慎重に手をのばす姿には、へたな任務に挑む時よりも緊張感が漂っている。

「ほら、最高級の食事ですよ?シエラ、いらっしゃい」
「‥‥にぃ」

 必死にもんで釣ろうと試みるものの、子猫の警戒はまるで解ける気配がない。
 しばし、にらみ合いが続く。ああ、ジャスティン様にはあれほどなついているのにこの差は一体。と内心嘆くも膠着はとけない。が、『カノジョ』も空腹には勝てなかったのか、そろりそろりとマーシャルに近づいてくる。ただし、露骨にマーシャルの手をさけて通って。
 そこはかとなく切なさに襲われつつ。思わず抱きあげたい衝動をぐ、っと抑えつつ。警戒しつつも木の下に置いた食事に口をつけるのを見つめた。

(ああ、かわいい)

 かわいいかわいい、と心の中で連呼する。おそらく手を伸ばせば一瞬にして逃げ出していくだろう小さな猫。可愛くて可愛くて、かわいくてしかたがない。
 別に特別な猫好きだとか、主のように黙っていても懐いてくるからとか、そういう理由ではない。確かに犬ほど嫌いではないが。猫が特別なのではなく、『カノジョ』が特別なのだ。

「シエラ」

 もっと言うのならば。
 『カノジョ』が特別なのではなく、


「 な ま え の え ら び か た 、 そ の に 」  (そのなかえがとくべつなのだ)



「そのさん」