「‥‥ジャスティン様、それ、なんですか」
「‥‥ん?ああ、これか」

 お茶を出しかけた手を思わず止め、豪奢な椅子に腰かける彼の膝の上にいたモノを指さし投げかけた疑問は、至極まっとうなものに思える。黒一色の彼には不似合いな、白い優雅な猫がそこにいたのだ。いまはその白いおなかをゆるやかに上下させ、夢の中にいる。

「『シエラ』だ」
「‥‥は?申し訳ありません、なんですって?」
「だから、『シエラ』だ」

 シエラはわたしですけれども。
 はてなマークを浮かべる「人間」のシエラに構わず、彼は『シエラ』の白い背を優しくなでる。ジャスティン様の膝の上に猫がいる。それは「シエラ」である。つまり、その猫の名前が「シエラ」だということだ。と、ようやく合点がいったところで、一気に血の気がひいていく。 

「――――って、なんて名前つけているんですか!?」
「駄目か?」
「いや、駄目、というか何といいますか‥‥」

 ごにょごにょ、と語尾が怪しくなるシエラをまっすぐに見つめるジャスティンには、悪びれる様子も恥じ入る様子もない。何で私の方がうろたえるのだろう、と頭を抱える。

「どうしてわざわざ私の名前にしたんです‥‥」
「お前に似ていたからだ」
「ど、どこがですか・・・!?」
「危なっかしくて目が離せないところが、だ」
「そんなこと‥‥!!」

 どうだかな、と軽い笑みをこぼして、ゆっくり黒色の瞳が彼女に向けられる。まっすぐな視線に射抜かれて、思わず彼女のお茶の用意をしていた手が止まる。

「あとは、そうだな」
「?」
「あの頃からお前が可愛くて仕方なかったからだろう」
「えっ‥‥」
「お前のことが愛しいと自覚がなかった時分だというのに、本当に俺はお前にどれだけ入れ込んでいるのだか」

 相変わらず恥ずかしがるそぶりも、ためらうそぶりも一切なく、彼女へ注ぐまなざしは真摯だ。だからどうして私の方が恥ずかしく思わなくてはいけないのか、と紅くなったかおをごまかすように、「しりません」とふてくされてみるも、淡く笑われてしまう。
 ‥‥今翻弄されているのは、おそらく自分の方だと思う。

「に!」

 ほんわり甘くなった空気を妨げるように、『シエラ』が目を覚ましたらしい。にゃあにゃあと甘えた鳴き声で彼の手にすりよっていく。その首元、目の覚める紅いリボンの先で、ちり、と鈴の音がした。

「これくらい、素直だったらな」
「―――可愛くなくてすいませんね」
「お前は可愛いに決まっている。」
「だ、だから‥‥っ!!」
「にゃあ」

 話がわかっているのかいないのか良くわからない『シエラ』のあいのて。
 存外可愛いその仕草に、自分の名前が付いていることも忘れて微笑ましく思う。ちりり、と軽やかな鈴に聞き惚れていたから、だから聞き逃していた。

「今は、別の理由でお前の名前をつけただろうが」

 かすかにおとされた、そのつぶやきの意味を。







「 な ま え の え ら び か た 、 そ の さ ん 」  (執着以上狂気未満)







 その首にこんな風に鈴をつけてしまえたら、という。それは密やかな願望













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2009年12月9日作成。クリムゾン第三弾。多分一番お気に入り。
ポイントはマーシャルの残念さです(にこやか)ツンデレのおにいちゃんも好きですが、甘々前回おにいちゃん×ツンデレシエラがとても好きです。
  20140323