「お前はなぜいつもいつも」

 腹立たしげな声は地を這うようだと形容される。
 心底忌々しそうに見つめるひとみの奥に宿るそれや、無造作に見えてその実そっと気遣うようにふれる手が、言葉のもつ意味合いに反してあまりにも優しいことに、なかなか気づくことは、できない。

「勝手にふらふら出歩き、勝手にけがをして、なんでもない顔をする。‥‥本当に、お前は。俺に何度こんなことを言わせれば気が済む。言い訳は聞かん。」

 か細い相手の声音に一瞬眉根を寄せ、それを殺すように、その眼力そのものがひとを射殺せるほどにぶわりと殺気を放つ。

「いる、と思えばいない。近づいてきたと思えば離れる。図々しい顔ですり寄ってくるくせに、あっさり独りでどこかへいく。何がしたい。何が目的だ。」

 まったく、面倒だな。と、苦いものでも口にしたかのような彼の口調は、自身が気づかぬうちに大分、甘い。

「なぜ俺の言うことをきかない。」

 真剣に、言い含めるように瞳を覗き込んでも、相手はすい、とその琥珀をそらしてしまう。

「シエラ」

 焦れたように名を呼んで、なぜかばつが悪そうに眉間によっていたしわが、さらに深まった。ついた溜息は、重い。そうして、呟くのはある種の結論。

「‥‥やはり名前がまずかったか。」
「?」

 きょとん、と。この国の最高権力者に最も近いうちのひとりの膝の上、彼の人のついた溜息の意味など知らぬ様で『シエラ』はあどけなく首をかしげる。

「‥‥」
「にゃあ」
「その、とぼけたところも似ているな」
「ふにゃ?」

 楽しげに、白い毛並みの子猫はそのひとの膝にかおを摺り寄せた。それを呆れたように見下ろして、それでも突き放せずにいる。はぐはぐと手袋をあまがみするのも好きにさせて。ただただ苦笑する瞳は、とても柔らかく。

「‥‥あいつは、お前ほど俺のことを好いてはくれていないだろうが」

 それは残念なことだ、と。
 心の底からつぶやいた。


「 な ま え の え ら び か た 、 そ の い ち 」  (恋心以上執着未満)



「そのに」