耳がとけそうだ。
 

 人間の耳は溶けるか否か。それは問題ではない。寧ろ耳どころか頭の奥から溶けだしそうなほど。
 ――――とにかく、甘い。
 何が、って。某教会から流れてくるオルガンのメロディが、だ。

(‥‥かえろうかな)

 思わずそう頭に浮かぶ程度には、それはそれは衝撃的で。まるで頭の中身をぐっしゃぐしゃにされて隙間残らず砂糖を詰め込まれているような。
 なんて頭の中がどろどろになりながらも、耳に入ってきた「まぁ今日も素敵ねぇ」なんて微笑ましそうに語らうご婦人方の声に思わず反応する。

「ここを通るとよく聞こえてくるのよね。このメロディ」
「あら、そうなの。本当に素敵ねぇ。」

(そうでしょう。あの演奏は、美しいでしょう。それは誰よりも、僕が知っているんだよ。)

 何故だか無性にうれしくて。砂糖漬けの頭はひどくほわほわしてしまう。

 
「ふふ、あの教会の牧師さん、とってもひねくれたひとだけれど、ああして奥さんに奏でるピアノの音色だけはいつも素直なのよ」
「まぁ」

 本当に素敵ね。
 ご婦人らしい盛り上がり方になんだかこそばゆくなるけれど、ほんとうに、その通りだと、おもう。

 彼のピアノは『彼』そのものだ。それはきっと、言葉よりも態度よりも雄弁に。だからこそああして、ただひとりに真摯にささげられる音色は、何よりもうつくしい。

(聞こえるよ、えーた。君の声。)

 本当に、彼女のことがだいすきなんだね。
 ‥‥ほんとうに、今、しあわせなんだね。

 顔を見るまでなく、言葉を交わすまでもなく、それが分かったから。ただ、甘ったるい胸焼けに浸るのだ。


その甘さに胸焼け。















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愛ED後。牧師さんかぁ、いやお前はダメだろって思ってしまったけれども。本気で。
でもえーたのピアノはこっちの結末の方がうつくしいんじゃないだろうか、と思います。
一応前回の「あいのあいさつ」の続き。弾いてる曲は愛の挨拶の予定。

  20131223