豪雨のような激しい拍手の音。惜しみなく降り注ぐそれにはまるで興味を示さず、どこか暗鬱としたひとみは。まるで。
「えーた、すごいじゃん今日の演奏!!」
「うっせばーか、どーだっていいんだよ。ばっかじゃねぇの」
真っ先に控室に現れた年下の担当教師にひどくそっけなくそう吐き出して、窮屈そうに正装のネクタイを引きながら瑛太は立ち上がる。
「おいカマ。んなことよりアイツはどーしたんだ。どこにいんだよ。なんで真っ先にこねぇんだよ」
オレのおもちゃのくせに。腹立たしげにつぶやくと、クリスの答えがある前に控室の扉に手をかける。
どこか危機感の漂う様子に思わず、瑛太と扉の間に小柄な体を滑り込ませた。見上げる位置にある彼の生徒の瞳を覗き込んで、ぞわりと肌を這い上がってくる、感覚を。気付かないふりをした。
「待ってえーた。担任ちゃんは他の先生と話をしたらすぐ来るって言ってたから。今控室を離れたら入れ違いになっちゃうよ?」
そう説得すると、ちっと忌々しそうに舌打ちをしてどかりとソファに腰を下ろした。殺気立ちそうな空気は、コンサートを見事に演奏しきった奏者のそれとは到底思えない。
「でも、ほんっとにむかつくけど、すごかったよえーた。あのレオンも手放しでほめてたんだもん」
「だからそれがなんだっつーんだよ。どうだっていいっつってんだろ。つっまんねェことばっか言うんじゃねェよ」
「どうだって、って‥‥」
あまりの言いようにさしものクリスも多少腹立たしさがこみあげる。
呆れて言葉を紡ごうとしたタイミングで、ばたん、と控室の扉が開いた。
「瑛太くん!!お疲れ様!!」
持ち主の性格によく似た明るい声が聞こえたとたん、瑛太は立ち上がりつかつかと声の主に歩み寄る。
「おっっせぇんだよ、バカこの頓馬、たーこたーこ、ブタ」
「ぶ、豚って酷いよ瑛太くん‥‥」
「うっせばーか、うっせ。こんだけ肉がついてんだからブタで十分なんだよ」
「ひゃひぇふぇふょ」
遠慮なく頬をひっぱって、彼女の顔の輪郭が崩れる。
慌ててクリスがすとっぷすとっぷ!と声を上げると、嫌そうな瑛太と涙目の彼女と目があった。
「えーたちょっとやめなよ!!担任ちゃん顔崩れちゃってるから」
「うっせ、もともとこいつの顔なんて元からぐっずぐずじゃねぇか」
「ひ!ひどい!!」
頬をさすりながら「そんなこと、いや確かにカオルくんみたいに美人じゃないけど‥‥うう」と落ち込んでいる。
しかしひとしきり落ち込むと、彼女は改めて涙目をクリスに向け、疲労感を漂わせながらも微笑んだ。
「クリス先生もいらしてたんですね」
「そうだよ!ちょっと担任ちゃん聞いてよ、えーた僕が褒めてあげてるのにきかないんだよー?もー」
「はっ、てめぇに何言われたところで俺にはどうでもいいんだよ」
そう吐き捨てると、むっとした表情のクリスをまったく眼中にも入れず、まっすぐ彼女へ視線を注ぐ。
への字に口を結んで彼女を見下ろす目線は、常の彼に見られないぞっとするほどに、静かな。
「で、てめぇはどーだったんだよ?」
ぶっきらぼうに問いかけると、瞬間、ぱっと明るい笑顔が彼女を彩る。
痛む頬をさするのも忘れ、花が咲いたようにほころぶ笑顔はとてもあたたかく無邪気で。
「すっごく素敵だった!!うん、ほんとに!!」
「ばっかてめぇ、そんな当ったり前のこと言ってんじゃねぇーよばーか」
「ご、ごめん‥‥。だって、やっぱり瑛太くんの演奏、大好きだなって思って」
「あーそーかよ」
無垢で真っ直ぐな言葉に、ふわりと彼の口の端に、常の皮肉げではない。小さな小さな笑みが浮かぶのを見た。殺気立っていた空気が、嘘のように消える。
「ま、演奏終わった後てめぇがばかみてーに拍手してんの見えたし?」
「え、そ、そう?ステージの上からって見えないかと思ってた‥‥」
「はっ、俺様にはみえんだよ」
だから。
だから、と。
「ちゃんと聴いてろっつーんだ。てめぇが大好きなオレ様のピアノ」
てめぇの為に弾いてやるから。
そう、聞こえた気がした。
それはおそらくきのせいではなく。突き放すようなひびきはひどく危くて、その瞳の奥に横たわる昏い影はひどく脆い。そのくせ、胸をかきむしるように、甘いのだ。
だからこそじわりと這い上がってくるような、恐怖感と危機感に、無邪気に戯れる教師と生徒の姿を見つめて、クリスはそっと、ふたをした。
ただ、あなたのその一言がほしいだけ。
(始まりはそんな些細な感情だった。)
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まさかのえーたにいきました。予想通りと言うべきか、それとも予想外と言うべきなのかよくわかりません。
とりあえず、えーたのあのしゃべり方は、なんていうか、文章の天敵ですね!(笑顔
Maxヤンデル時期を乗り越えられないとダメっていうなんとも美味しい話なわけで。
その時期の自身に関して、のちのち先生に謝罪などをしないのが瑛太の瑛太たるゆえんだとおもひます。
20130924