あの子のかおを見るのは、実は久しぶりだった。
彼女の母親に師事している以上、いずれこうして向かい合う日がくるだろうとは分かっていたのだが。
それでも自分でも知らず知らずに、必要ではない接触は、避けてきたから。
(‥‥守永、皐月)
彼女に力がないせいで。
彼女があまりに無力なせいで。
安寧と生きる彼女の為に、自分はこの道を歩かされているのだと。
そう思った時期が、無かった言えばそれは嘘だろう。ただ、そんな浅い憎しみにすがって渡っていくには少しばかり、現実は非情で、師にいたってはいっそ非道であった。
僅かにあった脆い感情さえ、『仕事』に対する誇りだとか矜持で塗りつぶされていって、知らぬ間に追いやられていってしまったほどのちっぽけなモノ。
それでも確かにその小さな黒い種は自分の中に根付いていたし、どちらかというと、守永の一族に生まれながらその無能故、何も知らされず、何も知らず、ただ日常をむさぼる彼女を、見下す方向で、その種子は成長を遂げたような気もしたけれど。
どちらにせよ、それが良い感情であるはずもない。
『暁兄!』
無邪気に名前を呼んでいた。
何も知らず。何も知らされず。何も知ろうともしない。
‥‥なんて、しあわせな。
まさしく”やんちゃ盛り”だった俺には、そうとしか見えなかった。
それから機会もなく、積極的にコンタクトもとらず、消極的な嫌悪を胸にはぐくんでしまった身としては、これからの期間を思うと、ああ、なんていうのかな、うん。
(‥‥めんどい?)
ああうん、そんな感じ。
だから適当に責務を果たして、適当に遊んであげて、適当に相手をすればいい。
それでいい。と、思っていた。
思っていた、はずなのに。
「暁兄!うわぁ、何年ぶりかな、久しぶりだね!!」
会いたかった、とはにかむように微笑む彼女を見て。
どこか馬鹿にしていたはずの、穏やかで、あたたかで、やさしい真っ白な表情を見て。
(
そう思った時には、実はすでに手遅れだったような気もする。
荒涼とした胸の中。ゆっくり朽ち果て枯れ果て黒く淀んだその世界。
そこに植えつけられた、”彼女”という存在だけは、どうしてもきえなかった。
どこか歪に思っていて、どこかで見下して、認めていなくて認められなくて。それでも飼い続けたのは、何故?
『きょうにい、またあそんでね!』
‥‥それは、きっと、
それはきっと。
本当はあのときから。
「ね、ねぇ暁兄‥‥?わ、わたしの顔になにかついてる?」
「んー?ついてるねぇ、可愛い目と鼻と口が?」
「!!」
ちょっとからかっただけで、すぐに抵抗出来なくなる。
きっと今、こうして考えていたことなんて、彼女には思いもよらぬことだろう。
相変わらず、抜けてるんだねぇ。なんて思いながらも、それは決して、悪い感情ではなくて。むしろ。
まっさらでまっしろで、ああ、なんていとおしい。
きっといつかの自分もそう思っていた。
黒い世界に根付いたこの「存在」は、その汚れた世界のせいで自分でさえも見失って分からなくなっていたけれど、本当は、きっと、あのとき植えつけたちいさな憎しみの種の奥にあったんだ。
(まぶしいなぁ)
そう、思っていた、きもち。
「‥‥可愛くなったね、皐月ちゃん。」
自分の口から滑り出たそれが、お得意の嘘ではないことにじわりと追い詰められていくけれど。気付くのは、もう少し後でいい。
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暁兄。ちょっと黒くしすぎましたか。
いやでも絶対、むかし暁兄は皐月が嫌いだったと思うのです。一時的にでも。それっぽいこと後日談でも言ってた‥‥ような‥‥?
‥‥思い込み?‥‥‥‥‥‥いやまぁ、そこからはじまるラブももえるよね!?
20101012