またね、まりなさまー。

 無機質なグレイ一色の建物に不似合いな子供特有の明るい笑い声と、ぱたぱたぱた、という軽い足音がした。たまたま通りかかった廊下の、すぐ先の部屋で。そこに足を向けたのは、だから、特に深い意味はなかったのだ。
 深い意味は、なかったが。
 いるのだろうかと、予想はしていた。

「マリナ」

 名前を呼ぶと美しい黒髪がさらりとゆれ、彼を捉えた蒼玉がかすかにやわらかくなる。

「刹那、どうしたの?」
「いや‥‥、」

 ゆるりと振り返る動作は優雅に。紡ぐのは、湖のように穏やかなこえだった。
 どうした、と問われると、"どう"ということは何もないただの意味のない行動であり呼びかけであったので、ことばにつまる。急かすこともしない眼差しが、穏やかだった。

 ―――そこでふと。

 視線に白い花がうつった。彼女の鮮やかな黒髪、耳の上、無垢で可憐なつつましやかな花。
 その視線に気づいたのか、「ああ、」と彼女は口元をほころばせた。

「子供たちがくれたのよ。ここでは、花なんてとても貴重なのに‥‥ふふ、”似合うよ”って、髪にさしてくれたの。だから、嬉しくて」

 ちょっと、恥ずかしいのだけれど。
 はにかむのは、少女のように。
 確かめるように優しく指先で花弁に触れて、その存在を感じると安堵したようにほわりと微笑んだ。ただ、それをしずかに眺め、

「きれいだな」

 とは、彼の口から自然に口から零れたものだった。

「ありがとう、本当に、私には勿体ないくらいだわ」

 自分のことを褒められたかのように誇らしげなその礼を聞いて、はたと、顔にはおくびにも出さず内心首をかしげた。
 ――――花のこと、だな?

 一瞬の違和感を不思議に思っていると。

「何だか、外せなくて」

 花を痛めないように、と気遣いながら位置を確かめている。
 鏡を見ずにするそれは、大層難儀なようであった。だから。

「‥‥少し、動くな」

 それもまた、自然に。
 特に意図もなく。深い意味もなく。距離をつめて。手をのばしていた。

 落ちないように花の位置をただし、ついでに横にかかった髪をはらう。パイロットスーツごしに触れるその温度は、わからなかったけれど。
 ‥‥あまりに、自然に。自分でも気付かないほどに、そっと、触れていた。
 驚いた様にまるく見開かれる蒼玉の澄んだ色に、


 不意に、
 締め付けられる。


 彼女は、しろいはなのようだと、思っていた。
 ずっと。それは涼やかなその雰囲気であり、穏やかな微笑みであり、優雅な所作である。違う世界で凛と咲く、侵し難いしろ。触れた手は、血濡れの赤。とおくとおく、限りなく違う世界。
 この澄んだ白は
 自分の赤に汚されはしないかと。けれど、

「ありがとう」

 離れるのを惜しむ様にゆっくりとひかれる指先を見つめていた彼女は、当たり前のように、微笑んでいて。

 変わらずに。白の、ままで。
 かたわらの、無垢なはなのように。


 ああ、心の底からそれを。疑問を感じる余地すらなく。当たり前のように。
 きれいだと、おもった。















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1stシーズンではまるで興味のなかった刹那とマリナに目覚めた2ndシーズンです。
やっべぇやっべぇ。どうしたらいいのだろう。

20081112

マリナ様の瞳の色を何故だか碧だと信じていた。ごめんなさい大好きですマリナ様‥‥っ。
20081113