要するに一言でいえば、いとおしいのだった。
 
 言葉にするのならその一言で事足りてしまうというのに、実際はそんなものでは足りない。どう表せばいいのか、分からないのだ。その真紅の髪のひとすじさえ慈しめるそれはある種の病なのかもしれない。
 職業柄酒にも酔えない己が酔うそのひとは、汚れていて欠落して歪、だからこそ潔く気高くうつくしい。

 "ての、とどかないひと。"

  そんな風に考えていると、人に言えば笑われるだろう。同期で、ライバルで(そう、そのはずだ)、逼迫した実力で互いを認めていて。主の対立がどうした、それさえも燃え上がる障害ではないか、―――と同期の誰かには言われそうだ。
 否、違う。
 立場の問題などではなかった。ただ、在りようの問題だ。

 彼女はうつくしい。
 私はうつくしくない。
 ただそれだけの問題。

 ――――だから、要するにいとおしいのだ。
 ただ、その一言。

 うつくしくない私は、そのうつくしさに憧れて、焦がれる。
 それだけの話。
 
 


 しかし、予想だにしていなかった。

 彼女とまったく種類は異なれど、在りようのうつくしい我が主が彼女に惹かれるという、そんな展開は。




 マーシャル、あれは面倒な女だな。
 そう、主自身も意図せぬように、呟いた姿をやけによく覚えている。
 以降、ぽつりぽつり、主の口から彼女のことが零れるようになる前兆を無意識に(あるいは長年培った直感というものかもしれない)かぎとったが為なのかもしれないが。

 当初煩い煩わしい面倒と、言っていた。
 けれど聡明な我が主は、彼女の本質を見間違えることはなかった。
 
 

 マーシャル、アンタの所の王子どうにかなんないの。
 酒場で出会った彼女が呟いた、お世辞にも好意的とは言えない台詞。
 けれど「己の主人と対立する人間」としてではなく、そのひと個人として見ての言葉を彼女が言ったのは、それが初めてだったかも知れない。


 王族としてはあまりに不器用で、優しい。無愛想や高圧的な態度や威圧感の影に隠れる、そのひとの"うつくしさ"。彼女の仕えるあの王子のように、壊れても、歪んでもいない。
 そう、それは、眩しいほどに。

 彼女の目には、どう見えたのだろうか。
 それは私の知るところではない。私が知るのは、彼女の主への感情の変化それだけなのだから。

 
 主は彼女に心ひかれ、彼女も主を憎からず思うようになる。
 
 あまりにも予想外。誰も想像だにしなかった現実。
 それは身分違いも甚だしい関係だ。無論、止めた。彼の人の侍従長として、当然の対応。その身分に相応の、由緒ある女性を妻に娶るのが当然だと思ったからだ。愛人という発想が出るはずもないそのひとであるから、その愛したひとは妻とするがしかり。
 考えたくは、ないが。
 聡明な主でも、風邪をひくことはある。ある意味風邪よりたちの悪い一過性のそれで、一生の問題となる妻を決められてしまっては、困る。それを諌め止めるのが従者の役割。
 そこに私的な感情はないと、誓って言える。

 ‥‥寧ろ。
 主が本気だと確認するその行為こそが、私的な感情だったかもしれない。
 もしくは、
 そうであって欲しいと、願ってすらいたのかもしれない。

 我が主ならば。
 私が心から敬愛し、私が主と選んだ彼ならば。

 


 だから、私は散々彼女にも彼にも文句を言い、苦言を言い、何度も何度もやめるよう説得したが、意味などないと、思っていた。
 ―――――そんなものでは、揺るがないと知っているから。
 私の言葉ごときが、とどくところにいる人達ではないと、知っているから。


 そして、尽くせるだけの言葉を尽くし並べられるだけの理由を並べ思いつく限りのデメリットを告げつくして、けれど最後は。

「ジャスティン様が、そう望むのでしたら」

 そう締めくくる。
 本当に望んでいるのは私の方だと、そんなことはおくびにも出さず。常の完璧な従者を装って主に従う。



 彼女にしあわせになってほしいだとか。
 主に穏やかな表情を長くしていてほしいだとか。
 他の見知らぬ第三者と彼女が結ばれるよりはいいだとか。

 そんな理由も確かにある。
 けれど私にとって大切なのは、そんな綺麗なことではなく。ただ、とてもシンプルに。



 うつくしいひとが共にあるのは、うつくしいひとであるべきだと。

 ただそれだけなのかもしれない。





 ――――要するに、一言で言うのならば、いとおしいのだ。

 言葉一つに込められる感情(モノ)があまりに少な過ぎて、ひとつの言葉では足りないけれど、言葉にするのならばただその一言ですべて説明出来てしまう。

 私は、ただ、うつくしい主を愛する。
 ただ、うつくしい彼女を、あいして、いる‥‥‥あいしている、のだ。
 

 ただ、それだけ。

 



或る道化師の献愛



 故に私は、きっと幸せなのだと、そう、思う。


















++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2009年10月25日に書いてた。たぶんゲームやらずに書いてみたクリムゾンそのいち。まだマーシャルが行方不明(笑)
とりあえずなんで分からんけれどおにいたまにベタぼれたわたしによるわたしの為のマーシャル。マーシャルなのは友人の為でもあるけれど。
それ幸せとちゃう!ちょっと待ちいや!!って突っ込みたくなるような不幸気質がたまらなく好物なのは昔からです。


  20140323