軽く扉をノックする。
こんこん。返事はない。
几帳面な性格の相手であることを鑑みれば、考えられないことだ。居留守ならば気配を隠すくらいしろ、と思うのにそれさえなく。職業病とも言える気配察知能力にかかれば、その部屋の主が在室であることなどいとも容易くわかってしまう。
それは、相手も同じはず。
「‥‥マーシャル、いるんでしょう」
呼べば、部屋の中の気配が揺らぐのがはっきりわかった。
無防備、ばか。と心の中でののしりながら、努めて何時も通りの声をつくる。そして相変わらず沈黙する扉越しの気配のためらいを看破した上で、「入るわよ」と、彼と自分の間に立ちはだかる邪魔な板を突破することにした。かちゃ、と、部屋の守りたるその薄い板は至極簡単に侵入を許す。
鍵はあまり意味がないことは分かっているが、あったほうがましだということも、わかっている。鍵くらいかけなさい、ばか。と罵る要素だけが増えていく。
慣れた人の、慣れた場所の、慣れた気配。
ゆっくり、部屋の主がこちらを振り返った。気配は隠していなかった、だから彼とて侵入者が誰かは分かっていたはずだろうに、それでも端正な顔には動揺が走っていた。
「シエ、ラ?」
「お邪魔してるわよ、マーシャル。」
「‥‥何か、急ぎの用事でしょうか」
覇気がない、ばか。先に言うことがあるでしょうに。とやはり心の中でのみ罵って、敢えて無言で机に向かうその人の足元に座り込む。丁度頭の高さにくるひざに頭を預けると、覇気がなかった彼にもようやく何時も通りの動揺が見えてちょっとだけ安心する。
「どうか、したんですか。シエラ?」
ためらいがちに頭に触れてくる、手。その感触にほっとして、けれど同時に腹が立つ。
どうして、いつもいつも。"私"のことを気にしてばかりなのか。このひとは。
「‥‥貴方こそ」
知っているのよ、と言外に込めて訴えれば、彼にも漸くここへ来た意図が伝わったらしい。はぁ、と諦めにも似た何かを吐き出しながら、目元を覆う。
「またジャスティン様にでも、聞かされましたか」
「違うわよ!‥‥そう何度も何度も、出し抜かれてたまるもんですか」
いつぞやの風邪のときは、完全に後れを取ったのがいまだに少し悔しい。
今回は自分で掴んだ情報だ、‥‥と胸を張れるわけでもないのがまた悔しいが。少なくとも彼の主にわざわざ教えられたものでは、ない。
そう、偶然だったのだ。
彼が珍しくひどいミスを犯し‥‥部下の命を危険にさらしたのだと知ったのは。
「ご存じの通り、私は許されないミスを犯しました」
「ええ。」
「落ち込む権利も、ないんです。本当は。死者が出なかっただけ幸いだと喜べるほど、私も未熟ではない」
「そうね。」
「とても、愚かだったのです。」
彼の顔にうかぶのは、自嘲とか皮肉とか、あまり彼には似合わない類のそれ。
見下ろす瞳がひどく暗い。
‥‥ああ、やっぱりこのひとは、優しいなぁ、と。それを見つめ返しながら思う。
「そんな私を、慰めにでも、来て下さったんですか」
「いいえ。まったく。」
「‥‥はい?」
あっさり即答する。生きているのだからいい、とか。失敗なんて誰だってする、とか。そういうぬるい慰めを口にすることが無意味だと、同じく部下を預かる身としてよくわかる。
だから、なぐさめを言ったり、励ましたりしにきたわけではない。
「ただ私が、貴方に、会いたかっただけ」
それだけ。それ以外の何物でもない。
予想外だったらしい言葉に停止するマーシャルを見上げて、悪戯っぽく笑ってみせる。「我儘でがっかりした?」と問いかけると、ふるふる首を振ってみせてくれ、ああ可愛いなぁ、と思ったのは、のど元に留めておいた。
「‥‥シエラ」
「なぁに?」
「抱きしめてもいいですか」
「そんなこと聞かないでよ」
「‥‥‥・シエラ、」
「なぁに?」
「本当に本当に、ずるい人ですね」
「そうかしら?」
ぎゅう、と縋るように背中に回されたうでをいとおしいと思う。とくとく少しだけリズムの早い彼の心音を聞きながら、ああ、幸せだなぁと。
(―――落ち込む彼には申し訳のない歪な愉悦だとは、しりながら)
(それでも、)
(彼のことを思う気持ちはきっと歪んでいないから)
だからこの気持が少しでも伝わればいい、と、しっかりと彼を抱きしめる。
‥‥だいすきだ、って。
抱きしめる腕は少し強いくらいが丁度好い。
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2009年11月17日に書いてた。この時はまだゲームやってなくて、愛する友人にイベント見せてもらっただけの妄想で書いていたみたいです。
わたしのなかのマーシャルとシエラはこんなイメージっていう。
ちなみに私は心の底からおにいさまが好きである。マーシャルは嫌いじゃないけどそこまで愛がないのは秘密!笑
20140323