『全世界からの紛争根絶』という大望を抱くソレスタルビーイングの主戦力であり、他の追随を許さぬ圧倒的な性能を有する最新鋭機ガンダム。そのパイロットであるマイスターたちも、また、ソレスタルビーイングにとって重要な存在であることは疑いようもない。

 そのガンダムマイスターズは、なぜか、
 さんさんと心地よい日光が降る中、とある海辺にて。




「釣れねーなー」
「釣れませんね」
「‥‥‥」




 釣りにいそしんでいた。
 




A beautiful day





 ことの始まりは、なんてことはない一言。






 その少し前から彼らの任務は『即時行動に移れる状態の現状維持』、つまるところ待機である。
 南国に近いそこは、同じ暑さでも以前別の国で体験したじっとり肌にまとわりつく不快なそれではなく、からりと、澄んだ空気を持っている。大きな緑の葉が作り出す木陰に入れば、いっそ心地の良い暑さ、だ。

 みゃうみゃう、と聞こえる声は海鳥だろうか。
 あたりに人の気配がないため、聞こえる物音は鳥の声や生き物の息づく音、それから風のそよぐ音、だけ。

 そう、そこは、人がいない島と書いて、『無人島』。

 ソレスタルビーイングの資金力や侮るなかれ、名義は支援者のものであるが、CBの所有する島のひとつ。無論諸々の機器が必要とされるため、それなりの設備の備わった建物は用意されているが、やはり無人島、所詮無人島。
 敵に発見される可能性は非常に低くなるというメリットと同時に、

     手持無沙汰になるのは必定、な場所。

 待機といえども、今まさに、戦術予報士から当面動きはないだろうという『暇宣告』を通達され、手持無沙汰は確定された。4人はそれぞれ無表情だったり呆れたり困ったり不機嫌になりながらそれを受け取ってのである。


 そんな素敵な情報を笑顔で伝えてくれた魅惑の戦術予報士がモニターから消えたあと、



       せっかく海が近いんだから、釣りにでも行こうかな」


 ぽつりと、何の気なくつぶやいた。
 スメラギ・F・ノリエガの様子に困ったように笑いながら、言いだしたのはアレルヤ・ハプティズムだった。
 そこに釣り道具が常備されているらしいことは、確認済みだ。

「釣り‥‥」
「あれ、刹那もしかして興味ある?」

 そのつぶやきに反応を返したのは、意外なことに最年少ガンダムマイスターで。
 寡黙な彼はいくどか忙しなく瞬きを繰り返し、
 こくり、
 と素直にうなずいた。

「じゃあ、一緒に行こうか」
「‥‥いいのか?」
「うん、話し相手がいたほうが、釣れなくても楽しいだろう?」

      そんなものか、と少しばかり下位置にある赤褐色がゆれた。だから、そんなものだよ、と答える。
 あまりにも堅物な年下の彼にかいまみえた、年相応の少年らしい好奇心をほほえましく思い、それから同行者が出来たことも喜びながら、アレルヤは穏やかな視線を外へと向けた。

 明るい陽射しは少しばかり強いけれど、からっとさわやか。無風に近い微風にゆらゆら揺れる水面は穏やかで、程よい透明度を保っている。まさに絶好の釣り日和。
 惹かれるように窓辺によれば、誘う様な波の音が響く。

「いい天気だね、釣れそうな気がするよ」

 ねぇハレルヤ、と片割れに問いかけてみるも生憎彼には興味のないことだったのか、もしくは常のようにやる気なく寝ているのか、ともかく返事は彼からは返ってこず。

「確かに今日は釣り日和だなぁ」

 悪くない、と、まるでそのかわりのようなタイミングで答えてくれたのは、碧玉を眇めて笑う、背の高い青年。ゆるくウェーブした茶の髪が、海風にかるく揺れた。

「ええ、ほんとうに」
「いっそ全員でいくか?     なぁ、ティエリア、」
「お断りします」

 ばっさり、と。
 それはつけいる隙のない、容赦のない拒絶だった。

 けれど常人ならば間違いなく怯むであろうそれにも、ロックオンが動じることは、決してない。どころか、愉快そうに笑ってすらいる。

「まぁそう言いなさんな。どーせお前のことだ、ミッションが始まるまで、部屋に閉じこもっている気だろ?」
「それが、何か」
「なぁ、ティエリア。今回の作戦行動はこの近辺で行われる。そうだな?」
「ええ」

 だからそれが何か。
 繰り返しに苛立ちを覚えたのか、眼鏡越しの紅玉はどんどん鋭くなっていく。

「‥‥だったら、このあたりの気候に慣れておくのも、悪くねーんじゃねぇか?
 迅速かつ的確な、作戦行動のために、さ」

 どう思う?
 なんて疑問形をとりながら、きっと、ロックオンには答えなどわかっていたのだろう。




********




 そして、現在にいたる。

 巻き込まれる形となったティエリアの機嫌たるやそれはそれはひどいもので。「日傘でも用意してやろうか?」とからかったロックオンに射殺さんばかりのするどいまなざしを向けていた。

 そういった空気を見て見ぬふり出来ない気質の持ち主であるアレルヤが止めに入ろうとしたところ、思わず怯むくらいに殺気漂うその目線を真っ向から浴び一瞬フリーズ。
 この時ばかりは我関せず、なゴーイングマイウェイを突っ走る刹那がうらやましい、と思ったとか思わないとか。

 みゃう、みゃう、
 のんきなかもめの声がする。

 釣りの形はいわゆる浜釣り。
 どこからともなく発掘してきた簡易椅子に腰かけて、海を眺めながら。

        だが。じりじりとさす日差しが痛い。先刻のロックオンのからかいではなく、これは真実日傘でも何でも、日を遮るものがいるな、と思う。さすがにパラソルまでは見当たらないので、そこらにあった帽子を適当にかぶっておいた。せめても、だ。
 ちなみに、帽子はおなじみ麦藁帽子である。
 それをかぶる・かぶらないでもまたひと悶着あったのだが‥‥‥‥収集がつかなくなるので、あえて言及はしないでおく。しかし、最後まで抵抗し続けた人物に関しては、押して測るべし、である。


「つれねぇなー」
「仕方無いですよ」

 やけに麦藁帽子の似合うロックオンは、けたけた笑いながら釣竿をふった。
 大きめの麦藁帽子がずり落ちるのを必死に防ぎながらティエリアは、その様子を睥睨して、言った。

「‥‥8回目だ」
「え、っと?何がだい、ティエリア?」
「君たちが同じ会話を繰り広げた回数だ」
「うわ、何お前数えてたのかよ」
「こんな無意味な時間、それくらいしかすることはないでしょう」

 どう聞いたって、苛々が見える声。
 それをなんとか宥めようとする、アレルヤ(こちらも違和感なく麦藁帽子をかぶっている)が口を開く前に。

「9回だ」
「は?」

 前触れなく、刹那が呟いていた。
 ぎりぎり目の見える位置まで落ちていた帽子をずりあげながら、無機質な赤褐色は、いきりたつ紅玉を見据えて、告げる。

「時間の無駄だ、といった数」
      っ」
「っふ、あっはははは、こりゃ刹那の勝ちだな!ティエリア」

 勝ちとか、負けとか、そういう話ではないっ!と断じてみるも、どうにも迫力不足に感じるのは、おそらく本人もなんとなく悔しいから、だろう。あくまで釈然とはしていないし、まして負けたとは決して思っていないだろうが。
 そしてその全ての苛立ちをぶつけるように、き、っと隣のアレルヤを睨みつける。

「そもそも、『釣り』をしているはずなのに釣れないことに問題がある!」
「そ、それはそうだけど‥‥」
「アレルヤ・ハプティズム!君は提唱者だろう!?それなりの戦果をあげて見せろ!!」
「え、えぇぇ、そんな無茶な!?」
「無茶ではない!!」

 十分無茶だよ、という突っ込みも聞く耳持たず。
 なんだかんだでわいわい騒ぎながら、     そして、思いのほかそれぞれ、愉快に。過ごしていた。



********



「釣れなかったね」
「時間の浪費だ」
「そ、そんなティエリア・・・・」
「ははは、ほんっと容赦ねぇなぁ、お前は」
「否定できますか」
「そう言われるとなぁ」

 とぼとぼと、今回ばかりは惨敗をきっしてしまったマイスターズ達は、少しばかり哀愁の漂う背中で夕暮れの浜辺を後にしていた。

       それでも、と。
 呟いた刹那は不意に立ち止まって振りかえり、ゆらゆら揺れる朱色の太陽と、それが身を沈めていく夕暮れ色の海を見つめていた。その褐色のはだも、赤褐色の瞳も、オレンジ色に染まる。

「良い日だった」

 誰にともなく、それは。
 茜色の砂浜は、砂の粒ひとつひとつがきらきら光って見える。そこに残るのは、くっきり刻まれた4つの足跡。

 誰もいない島に、茜に染まる空と海と、それから輝く砂浜。
 やさしいオレンジを身に浴びて眺めるそれは。


「きれいだね」


 ぼんやりそれを眺めてアレルヤが言った言葉には、
 今度は誰も反論しなかった。








 たまの休みを釣りに費やして一日釣竿とにらめっこしながら、連れ合いと他愛のない馬鹿な話をして、笑って笑って、「釣れないねー」なんて言ってすごす。
 なんてことはない、平和ないちにち。

 その尊さを知っているから、









 あの夕日はこんなにもうつくしい。














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旧友に捧げるガンダムマイスターズ。その子に渡した時はよりにもよって「ティエリア」を「ティリア」と誤植して盛大に怒られました(笑
わりと季節外れかなそろそろ、とか。若干ティエがかわいすぎたかな、とか思いつつ。っていうか、あれ、わたし意外とティエ好きなんじゃない?って感じになって大変びっくりしています。あはは。

今回の個人的目標は、「ハレルヤを出張らせないこと」。うっかり出すと一番愛が偏るんで。


  20080925