「涼志くんは、私のおうじさまだよ!」
子供心に言ったそれは、決して嘘じゃなかった。
だって。色素の薄い髪と瞳とか、やわらかい印象の綺麗な顔も、浮世離れした雰囲気も。
私にとっては”おうじさま”そのものだったから。
「‥‥でも、僕は君がどこかに連れ去れても、助けに行ってあげられないよ‥‥」
よくある子供向けのストーリー。
連れ去られるお姫様。怪物。そして、それを助ける素敵な王子様。
絵本を前にした私の言葉に、悲しげに彼はそう答えた。
それに私は、答えたはず。
そう
Dear, my little prince
「さつき?何見てるの?」
「あ、涼志くん」
耳にやわらかいテノールは、聞き覚えのあるおと。
それに反応して顔を上げれば、夕陽の射し込む向かいの席、かたん、と涼志くんが腰をおろす。赤に輪郭を縁取られた彼の顔は、ひどく優しい。
「課題、するんじゃなかったの?」
「え、えへへー‥‥早々に私の手には負えなくなりました」
「まったく、皐月は‥‥。じゃあ、後で見てあげるから、ちゃんと自力でやるんだよ」
「はーい!」
病気がちで、あまり家の外へ出られなかった涼志くん。
今、こうして、同じ学校の制服を来て、同じことを学ぶ日々(いや涼志くんのほうが出来はずっとずっといいけれど)。彼のお母さんとお父さんの熱心な看護と最新の治療のおかげで、彼は私達と同じ高校に通えるようになったからだ。彼曰く「念願の学校生活」。私にとっては「念願の涼志くんとの、学校生活」。
「で?さっきから何をそんなに熱心に見ていたの?」
「うん、えっとね、これなんだけど」
「‥‥それって、確か‥‥」
それは、まだ、彼が部屋から出られなかったころのこと。
部屋の中でたくさんよんだ、絵本の中の一冊だった。想像の翼をはばたかせることが、あの頃の私達にとっては一番自由、だったから。
「懐かしいなぁ、と思って。私これ、大好きだったんだよね?」
「‥‥そうそう。僕がいくら飽きた、って言っても、一時期そればっかり読んでたっけ?」
‥‥そういえば、そうだっけ?
とりあえず、何度も何度も読んだことしか覚えていなかったりするのだけれど。
「どうしてそんなに好きだったの?よくある話の展開じゃない?」
「あれ、言わなかった?えぇとね、この、王子様見て」
「うん。王子様だね」
「‥‥なにか気付かない?」
ちらりと顔色をうかがうと、まるで分からないらしく、きょとん、とした表情が返ってくる。
そうか、意外と当人には、わからなかったりするもんなんだなぁ。
こんなことでも一生懸命考えているその様子が微笑ましくて、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ、降参?」
「‥‥まいったな、全然わかんないや」
「あのね、‥‥この王子様、ちょっと涼志くんに似てると思って」
「え?僕?」
まじまじと彼は絵とにらめっこを始めた。
にてると、思うんだけどなぁ。青みがかったかみとか、儚げな雰囲気とか、穏やかな物腰とか。
「だから、好きだったの」
「‥‥そっか‥‥‥‥。えっと、ねぇ、皐月」
「ん?」
「それって、さ」
かすかに言い淀んでいるものだから、「なぁに?」と促してみると、ゆっくり彼は首を振った。
「でも、僕はこの王子様にはなれないよ」
「どうして?」
「だって、お姫様が怪物に連れさらわれても助けに行くことが出来ないから」
今も。むかしも。
そう、困ったような顔。
なにかを少しだけ諦めて、手放した時の、あの。
どうしようもなく胸が締め付けられるような。むかしから、ちかくでずっと、眺めるだけだった、悲しいかお。
「‥‥でも、涼志くんは、私の王子様だよ。ずっと。」
「え、でも、」
夕陽に縁取られた彼は、綺麗で、儚くて、切なくて、‥‥どうしてだか、胸が苦しくなる。
まるで、赤い色と、彼を結びつけることが、どこか怖いかのように。
でも、ここは、違う。
彼は、赤に呑みこまれてとけていったりしない。私のそばに、いるんだから。
「‥‥あのね、お姫様のすきなひと、だったら、それは王子様なんだよ?」
今も。むかしも。
どこででも。
‥‥どんな世界で、どんな結末でも。あなたは、私の王子様だよ。
でも、ここでは。この、優しい夕陽のなかで微笑む貴方と私が、一緒にいられるこの場所では。
「ねぇ、私達のお話は、ハッピーエンドに、なるのかな?」
夕陽のせいだけじゃなくて、耳まで赤くなった王子様に、私はそっと、微笑みかけた。
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皐月たんがSですが。まぁ暁兄の血縁なら仕方ない。うん。
涼志くんのパラレルEDの妄想みたいな。だって、なんかちょっとくやしくて。なかったことにしないで欲しいの。いろいろ。
‥‥いやでもやっぱり、とりあえずは幸せになって欲しいです。‥‥っていうかやっぱり30分クオリティはひどい。ひどい。
20101012