しゃらん、
と、静かな音色で鈴が鳴る。
きき覚えなんてないくせに、どこか懐かしくて、せつない。
「やぁ、さっちゃん」
購買に行った帰り、戦場をくぐりぬけ、手にすることができた戦利品にほくほくしながら教室でまつ鈴菜のもとへと向かう途中。意外な人物にこえをかけられた。
すこし釣目なひとみをなごませて、にこにこと微笑んでいるそのかお。
見覚えがある、というのには言葉を交わした回数は少ないような気がする。けれど、それでも猶残るのはその強烈なキャラクターゆえで。ついでにその名前にも大変インパクトがあったものだから、思い出すのには、苦労なんてなかった。
「あまるべ、せんぱい‥‥?」
「お、よく出来ました。えらいえらいー」
「名前くらい、いくら私でも覚えてますよ!」
「そうなんだ。まぁ、名前なんてどうでもいいんだけど」
どっちですか!!
それじゃあ次はせんべい先輩って呼んじゃいますよ。とか、ちょっとだけ黒い考えが頭をよぎる。
‥‥そうしたらそうしたらで、「名前も覚えられないの?ダメな子だなぁ、さっちゃんは」とか言われてしまいそうな、気がする。うん、とってもする。
「‥‥それで、あの、私に何か御用ですか?」
「ん?どうして?用事がなければ、君には話しかけてはいけないの?」
「いえ、あの、そういうわけではないんですが‥‥はなしかけられたら、普通なにか用事かなぁ、って思いません?」
「思わないねぇ、君ってばやっぱり変わってるなぁ。」
(変わってるのは先輩のほうですーーーーーっ!!!)
というむなしい心の叫びは残念ながらせんぱいには届かなかったようで。
にこにこ微笑みながら、当り前のようにさらりと罵られているのは、私の気のせいですか。ねぇ先輩気のせいですか。
「それでね、さっちゃん。聞きたいことがあるんだ」
「え?特に意味もなく声をかけられたんじゃなかったんですか?」
「どうして?誰もそんなこと言ってないじゃない。」
「‥‥」
「おや。何か機嫌をそこねるようなこと言ったかな」
いえ別に。いいんです。私が悪いんですね、ハイ。
なんとなくうつろな笑みを浮かべつつ笑っていると、きょとん、と先輩は首をかたむける。
純粋にわからない、と書いてあるそのかおは、決して悪意があるようには見えなくて。だから、どうしても、このちょっと不思議なひとに悪い気持ちを抱く気には、まるでならない。
「それで、私に聞きたいこと、ってなんですか」
「‥‥」
素直に続きを促してみると、今度は先輩が黙り込んで私が首をかたむける羽目になった。見上げると、すぅ、と先輩の瞳が細くなる。どこか遠くをみるような。此処ではない、どこか。
周りの喧騒が、とおい。
ここは学校で。たくさんひとがいて。たくさんの声があって。
そのはずなのに、しぃんと。ここだけ切り取られてしまったかのように。音が。
‥‥しゃん、
と。耳の奥に聞こえた。
それは、たぶん、鈴の音。
「ううん。いいんだよ。さっちゃんがしあわせそうなのは、よくわかったから」
きらきら明るい、少し前の先輩のトーンからは考えられない、静かな。おごそかな。
まるでそれが、さも貴いことかのように。
慣れないすがたに戸惑う。しゃらん、と。先輩の言葉の度に聞こえる音色がせかすように響き続ける。
探るように、いたいくらい純粋でまっすぐな眼差しをしばらく私にむけて。
うん、
小さな一言とともに、先輩は穏やかに微笑んだ。安堵するように、ゆるゆると、噛みしめるように。
「もう、思い残すことは、ないみたいだねぇ」
「‥‥え?」
「なーんでもなーい。‥‥あ、そうだ」
しゃらん、と。聞こえていた音が、急にリアルな質感をもって耳に聞こえてきた。
どこに持っていたのだろう。先輩の手の中には、鈴のついた、綺麗な綺麗な髪飾りがひとつ。
「わぁ、きれい‥‥」
「綺麗?」
「はい!すっごく、素敵です‥‥」
「そう、じゃあ、あげるよ」
「は?」
「さっちゃんに、あげる」
つめたい手が、その綺麗な髪飾りを無理やり手の中におしつけて。ぽかん、としている私に先輩はただ、にこにこ笑うばかり。
‥‥かみかざり、緻密で綺麗。イコール高価そう。先輩、私。イコールものを頂いてしまうような間柄ではない。
「ダメじゃんわたし!!」
「えー?さっちゃんはダメな子じゃないよ」
「いやダメな子です!!‥‥じゃなくて!!頂けませんよ先輩、こんな、高価そうなもの‥‥っ」
「どうして?」
「どうして、って‥‥。私、先輩に何もお返しできませんし、それに、」
続きを言おうとした口を、むぐ、と塞がれる。てのひら。つめたい。「ダメ」と一言。
「ボクが良いって言ってるんだから、いいんだよ。さっちゃんは、何も考えずに受け取ってくれればいい。
‥‥ただ、もし。」
「?」
「それは君にあげたものだから、どうするかは君の自由だ。だけど、もし、ボクのワガママを、ひとつ聞いてくれる気があるんだったら。
誰にも渡さないで。誰にも見せないで。‥‥どうか、君のそばに。」
せんぱい、と呼びかけようとしたこえは。冷たいてのひらに遮られる。
しゃらん。と切なく響く鈴の音が、やけに胸をついた。
どうしてですか。なんでですか。やっぱりダメですよ。とか。
やんわりと離れていく冷たい指先を見つめながら。それでも聞きたい言葉はのど元でつまって何も言えなくなってしまうのは、さびしいくらいに綺麗な鈴の音のせいか。それとも、それは。目の前のひとの、ふんわり微笑んでいるくせに、どこか、遠い、笑顔のせいか。
「これは約束じゃない。僕の、ワガママだよ。さっちゃん。そんなに深く考えなくても、いいんだ」
「せん、ぱい?」
「ね?」
だから、受け取ってよ。
そんな風に言われたら、もう、頷くことしか出来ないですよ。ずるい。
「‥‥ありがとう、ございます。約束、しますね」
「でも、」
「約束、です。見るのが私だけっていうのは、ちょっともったいないとも思いますけど」
やくそく、という言葉の重み。
それを確かめるように、手の中の髪飾りに触れる。しゃら、と奏でる音は、やっぱりどこか神聖で。
うそではないことを示すように、そっと、それを手の平で包み込む。たいせつに。そっと。
「‥‥ありがとう」
「ど、どうして先輩がお礼言うんですか!?」
「ん?言いたかったから、だよ」
へんです。そうかな。へんですよ。そうかもねぇ。
なんとなく、黙って視線を手元の輝きにおとしていると、ふわり、先輩の指先が確かめるようにそ、っと。耳の上あたり、髪に、触れた。
「うん。きっと君に、にあうんだろうね」
「ほんとう、ですか?」
「嘘言ってどうするの。本当に、そう思うよ。」
名残を惜しむように頬のあたりに触れた指は、あっさりと離れていく。
ほんとうに、ね。見られたら、よかった。
ちいさくちいさく呟かれたそれを問い返そうとした刹那、きーんこーん、と代わりに鳴り響く間抜けな合図。
「予鈴だね」
「予鈴ですね」
「‥‥いいの?」
「え?」
「行かなくて。」
つ、と先輩が指さすのは、私が腕に抱えた戦利品達。
気付けば、廊下に溢れていた人気も教室の中へと移動してしまっている。さぁ、と一気に血の気が引いていくのがばっちりわかった。
「‥‥‥あ。わ、わたしおひる食べれてな‥‥っ!?」
「そそっかしいなぁ、さっちゃんは。」
「‥‥‥」
私の記憶が正しければ、呼びとめたのは、貴方ですよね。
「ほら、早く、行っておいで」
ほら。とやんわりだけれど逆らいがたい促しにしたがって、足を動かす。
言われるままにまたよろよろと足を進め、けれど、なにかにせきたてられるように振り返った。はずみで手の中の鈴が、しゃらん、と軽やかな音をたてる。
そこには、当り前のように微笑む先輩の姿があって。けれど、不意に。本当に、唐突に、なのだけれど。何だか。
(これが、最後なんじゃないか、なんて)
「せんぱい!」
「ん?」
「あの、その‥‥また、あした?」
そのひとことに、え、と先輩がめをみひらく。
え、予想外の反応。思わず言葉を間違えただろうか、とおろおろしたけれど。
ゆるゆるとその表情が崩れ、かすかに微笑み返してくれた様を確認して、我知らずほっとする。それを見届けると改めて妙な羞恥に襲われて、なんていうか、はずい!!
「え、えーと、それじゃその、そういうことで!!」
なんだかもうどうしよもなく逃げ出したくなって足早でその場を立ち去ると、「さっちゃん!」と呼びとめられた。
振り返る。当然のような淡い微笑み。何かを手放したようなその表情は、遠くて、遠い。
「さっちゃん、好きだよ!」
「は、え?‥‥えぇええ!?」
いつもの調子を取り戻した先輩に、からかわないでくださいよ!と文句を投げつけながら走り去る。
うん。ちょっと困るけれど、先輩は、やっぱりこれくらいでいてくれた方がいいよね。きっと、これからも。
(だから、気のせいだ。)
(一瞬、先輩のからだがすけてみえたり、したのは。だから、きのせいなんだ。)
「‥‥さようなら、皐月」
届かない、別れ。
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一応、先輩ルート以外、もしくはノーマルくらいの心つもり。もうあげちゃえばいいんじゃない?『神の花嫁』ということで‥‥いやダメだけどね!!ホントはダメだけどね!?
きっと先輩は、どうあがいても消えてしまうんだろうなぁ、と思いつつ。下手したら皐月の記憶からすらも消えてしまうのに。なんかもう、先輩の→皐月が深くて大きすぎてつらい。
‥‥あと、『神の花嫁』について先輩ルートでは触れてくれなかったことが悲しい。切に詳細求む。
20101012