駅前の商店街でいつものように飲食店をハシゴしていたら、手渡された小さな紙片。真っ白い紙を長方形に切ったそれ。
多分バイトであろうお姉さんが、愛想100%の笑顔で言った。
「あなたの願い事をどうぞ」
ああそういえばもうすぐ七夕だっけ。と思いつつ一枚受け取った。すぐ目の前の大きな竹に飾るらしい。
七夕、七夕‥‥‥‥‥手巻き寿司パーティ?
‥‥‥ここでロマンチックに織姫・彦星のロマンスとかの連想が即座にできないあたりがきっと、私、桂木弥子が桂木弥子たる所以で、 友達の叶絵に「アンタの恋人は食べ物ね」と嘲笑われる理由なんだと思う。
ちなみに「食べ物って和洋中どれ?私、洋食がいいなぁ」と返したら叶絵に微妙な顔をされた。なんで?
ともかく私はその短冊をしばらく眺めた後、そっと鞄にしまいこんだ。
本当はその場で書いて、そのまま自分で飾るものなのだろうけど、今即座に願いを決められる自信がない
やっぱりここは女の子らしくスウィーツ?でもでもちょっと脂っこい中華も捨てがたい。いや、それを言ったらフランス料理のフルコースも・・・・ いやでも奇をてらってあっさり和食も・・・・・ああ、悩める乙女。
目の前の大きな竹にはもう既に、何枚も色とりどりの紙が吊るされていた。
カラフルでおいしそう・・・・・もとい、とても可愛い。
本当はマナー違反なのだけどこっそり中身を覗いてみた。
「彼氏が欲しい」なんて利己的なものもあれば、「今年こそ志望大学合格」とか神社と勘違いしていそうな切実なもの、「せかいがへいわになりますように」と拙い字で書かれたものまで。まさしく人の数だけ願いはある。
‥‥ところどころに「人参だけで生きていきたい」とか「米粒に筆で愛と書きたい」とか意味不明なものも紛れているけれど、まぁ、うん、個人の自由なんじゃないかな!
‥‥‥‥ふとその中に、澄んだブルーの短冊を見つけて思わず頭によぎったのは、いつもその色のスーツを纏った奴の顔。いつだって自信満々で、傍若無人で、極度のいじめっこ。そういう性格的な意味でも、事実的にも、「人外」な奴。
‥‥あいつは、何を願うのかな?
考えてみて、でもすぐに答えは出た。
奴なら。脳噛ネウロなら、そんな可愛いことしない。
たぶんネウロに尋ねてみたら、鼻で笑われて終わりなんだろう。願うだけで望みが叶うわけがないだろう、なんと自分勝手で他力本願なのだ。とかなんとか。
‥‥そんなの、人外に言われなくても分かってる。
たしかに下らない。星に願うだけで、望みが叶うなんてありえないと思う。
でも、いいんじゃないかな。誰も本気でそんな奇跡が起こるなんて思ってるわけじゃない。・・・・・ただ、少し。自分の力だけではどうにもならないことを、夢見てみるだけ。そうしてその夢に小さな自己満足を得られたら、それで十分。
‥‥まぁ、間違いなく奴には理解されないだろうけど。
そんなことをぼんやり思っていたら、携帯が鳴りだした。反射的にびく、っとしつつ取り出して、ディスプレイを見る。画面にはメール一件、の表示。開けてみればそれは丁度ネウロからのお呼び出しで。おぉっと。あまりにあまりなタイミングの良さになんとなく背筋が寒くなる。
‥‥さすがにネウロも人の心を読んだりは出来ない、はず・・・・・・た、ぶん・・・・・・。
恐る恐る中身を読むと。
『3分以内に来い』
命令!?っていうか私がどこにいるかは配慮なしか!
とつっこみを入れたのも最初だけで、今ではもう単にネウロが私をいびる口実が欲しいだけなのだと分かってしまったから、もうつっこむ気もない。だって3分以内につけた試しがないもん!
‥‥‥‥ああ、もう。溜息が出る。
それでも行かないわけにもいかなくて、飲食店巡りを中止して私はお馴染みとなった事務所へと向かうのだった。そこへ向かう道のりも慣れたもの。嫌だな嫌だなと思いつつも足は自動的に進んでいく。
ネウロから呼び出しがあったということは、謎の気配でもあったのだろうか?それとも依頼人?
どっちでも一緒か。こんどはどんな人かなぁ、と考えて
そう認めよう。実は私は
結構、どころかかなり楽しんでいる。
人外の鬼畜に、死体の一部なのか髪自体の生物なのか段々あやふやになってきた子や、クセのありすぎる刑事さんたちに、 その上をいってクセのあり過ぎる犯人たち。殺人事件は悲しいし、辛い。誰かが大事な人を失って、悲しい悲しいと嘆いているから。
でもその痛みも、辛さも。犯人たちや遺族のひとたちのそれぞれの生き方や考え方も。
いつも私に何かを与えてくれる。
‥‥思いがけないこと。ああ、もう、ホンットに予想外なんだよなぁ‥‥‥。
そうこう考えてる間に、事務所の入り口前までやってきた。ノブに手をかける。回せばきっと、ちょっと胡散臭い事務所にネウロがいてあかねちゃんがいて、そんないつもの風景がある。
そのまま少し止まって、ドアを見つめていた。
鞄の中からそっと短冊を取り出した。真っ白い紙。そこにこれから書くことは、最初に私が願ったことや、他の人の願い事に比べればとても小さなこと。
‥‥いつ、終りが来るとも知れない。そういうものだっていうのは、分かっているつもり。
だから、ずっとなんて言わない。もう少し。もう少しだけでいい。
いつも空腹のネウロがいて才女で実は美少女なあかねちゃんがいて、何の取り柄もないけど私がいる。
そんな光景を、もう少しだけ、当り前だと思わせて欲しい。もう少し、このままでいさせてほしい。
それは私の力では、どうしようもできない願い事。
星に願いを。叶うかどうかなんてわからない。だって所詮はささやかな自己満足だから。
でも叶うといいなと、私は願い続ける。
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断固としてネウヤコだと主張する。あのふたりはこれくらいのぬるさで丁度いいと思う。
友達・仲間以外、奴隷主人以内の恋愛以下。
20080510