17%オレンジジュース




 がらがらごろ、とグラスに残った氷を無造作にかき混ぜる。僅かに残っている元100%のオレンジジュースは果たして今や何パーセントだろう。
 ずずず、と吸ってみると、かすかにオレンジ風味のするただの水になっていてちょっと悲しい。

「‥‥‥」

 私の真向かいに座るしんゆうは、彼女に相応しいおとなびた仕草で紅茶に口をつける。ああ、私はオレンジジュースどまりがいいところだなぁ、としみじみ思うよ。
 それはいい。
 それはいいのだ、けれど。

「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥‥…」

 ねぇこの沈黙は、何事ですか。

 "ちょっと話があるの。顔貸しなさいよヤコ"

 なんて有無を言わせず叶絵不動明王様は、そう仰って私を喫茶店に連行し席につくなり紅茶とオレンジジュース、とこちらの要望も聞かずに注文を終えるとそれきり黙りこんでしまったのである。
 ダンマリを決め込まれて困っているなら、聞けばいい。話ってなに?叶絵。と。いつもみたいに気軽に。

 けれど、とてもじゃないそんなこと。
 ・・・・・・怒ってる。
 目の前の友人は、ものすごく怒っている。無言に、その空気に、目線に、ありありと浮かんであまりある。

 ど、どうしよう。私何かしたっけ・・・・・?

 と思い返しながらずるずる啜っていたオレンジジュースは気付けばからっぽ。そんなこんなで最早手持無沙汰にがらがらと氷を無為に混ぜるくらいしかすることがなく。

「やこ」
「は、はい!!??」

 かちゃん、と陶器の硬質な音を立てカップを置いた叶絵は、漸く口火をきり、そして。






「助手さん、いなくなったって、本当?」


「――――」





 確信を、端的についてきた。


「‥‥うん。いつ帰れるか、ちょっと分からないんだ」

 だから正直に答えた。
 それを、何故だかますます不機嫌そうな顔して叶絵は鼻を鳴らして小さな声で何やらつぶやいていた。「なっとくいった」とかなんとか。


「・・・・・それが、どうかしたの?」
「"どうかしたの"?」
「え、え?」


 オウム返しに紡ぐ声はますますもって不機嫌である。正直こわいです、かなえさま。
 ばん、
 と激しい音に肩が揺れた。
 それは目の前の彼女が机を殴った音で、


「どうかしたの、じゃないわよこの馬鹿!!」
「・・・・・かなえ・・・・?」
「寂しいなら、さびしいって、言いなさい」


 言ってもらえない私もさびしいじゃない。
 ――――ねぇ知っているのよ。
 最近遠くを見つめる回数が増えたことや、ならない携帯のこととか。時々、笑っているくせに笑いきれていないこと、とか。

 そう言って、叶絵はまた、静かに口を閉ざした。
 

「でも私・・・・・」


 前に進まなきゃ。あいつの目印になりたい。人を知りたい。進化を続ける。私は。
 立ち止まる暇なんてなくて。やるべきことは山積みで。


「わたし」


 進みたい。変わりたい。成長を望むのは偽りのない心からの願い。
 でも、


 ・・・・・そうか、私、寂しいんだ



 認めてしまえば簡単だった。
 ついでにぼろぼろ落ちる塩辛い水も止められなかった。
 

 前に進まなきゃ。
 約束をした。
 
 意地でもてこでもなんでも果たさなきゃいけない約束。果たしたい約束。
 だからこんなところで立ち止まっていちゃいけない。そんな暇は、私にはない。分かってるよ。目標はあんなに遠くて、私はこんなにも未熟だから。

 頑張りたい。もっと頑張りたい。




 ねぇそれでも。
 目標を見つめれば見つめるほど、いたいくらいにわかるの。アイツは今、ここにはいないんだ、って。


 私は頑張るよ。もっともっと頑張るよ。
 ・・・・・だから。

 今だけは。



 頭を撫でる叶絵の手が、優しい。
 甘えてるのは、わかっているけれど。


「ありがとう」
「どーいたしまして。でも、奢らないからね?」
「・・・・・けち」





 立ち止まらせてくれて、ありがとう。
 

































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第2弾。
甘えたって、好いじゃない・・・・!!
 2009.04.23