「腹が減ったぞ、ヤコ」
事務所の扉を開けたとたん、逆さづりの顔がそう言い放った。
いくらその無意味に整った顔に見覚えがあろうと、いくらそいつの奇行を見慣れていようと、いくら人よりは珍妙な事態を見慣れていると言っても。
‥‥‥‥この出迎えは、さすがに心臓に悪かった。
だから、だ。咄嗟に、反射で、私は。
ほんの欠片も後のことも先のことも考えずに。
ばたーーーん!!!と開き掛けた扉を思いきり引っ張って閉ざしていた。
‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥、
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥しま、った。
と後悔したのはその行動を起こしてコンマ三秒してから。その間私の頭の中は真っ白だった。それも当然。だって死ぬほど驚いたんだもん。
なんてケーキみたいに甘い甘い誘惑が私の頭の中をひらひら舞っている。それを、捕まえる前に。
きぃ、
と、静かすぎる音を立てて事務所のドアが、開く。
そして、ゆっくり、ゆらり、という音とともに。そこには
「ははは、まったく、先生ってば照れ屋なんですからー」
だめだ、滅茶苦茶怒ってるーーーーーー!!??
このままでは地獄のお仕置きコースまっしぐらだと経験的に察した私は、この危機を回避すべき華麗に逃走を開始しようと、して。
「おや、何処へ行かれるんですか、センセ?」
‥‥あえなく、撃沈した。
がし、と笑顔のまま私の頭を掴むとそのままズルズルと室内へと連行していく。その顔が、非常にきらきらと楽しそうだったことは、気付かなかったことにしたい。
涙がこぼれそうになるわ、なんて可愛らしい感想は当の昔に使い切ってしまった。
慣れって、すごいな。なんて現実逃避をする余裕もできてきた、‥‥喜ぶべきか悲しむべきかは、微妙なところ。
「
ふと、気になった。
いつもなら聞く気になれなかったその質問を聞くことができたのは、どうせバイオレンスコースまっしぐらなら、これ以上悪くなる余地はもう無いだろう、(もしくは有って欲しくない)と思ったから。
「‥‥いつもいつも思うんだけど。アンタのああいう非人間的場面に他の人が遭遇しちゃったらどうするのよ? いくら何でもドアを開けていきなりあれじゃあ、誰だって不審に思うって」
「このウジ虫が、貴様と同レベルで考えるな。我が輩がそのような愚行を犯すわけがなかろう。」
うじ、‥‥っ、言うに事欠いて‥‥っ
ひくり、と口がひきつる。いや、耐えろ、耐えるんだ私!!こんなの普段の暴言に比べたらかわいいものな、はず!!
だから、そんなことよりも。その暴言を、敢えてつっこまずに、聞き流しても、今はいいから。
ねぇ、ネウロ。それじゃあ。
「扉を開けるのが私だって、わかってたんだよね」
いやいやまさか。
ばかなことを聞いているなぁ、って思うよ。でも。
「わかってたから、わざわざ待ってたの?」
そう思うとさ、ちょっと、ほんのちょっとだけ‥‥‥。
かわいいな、って思わない?
これは私の感覚がマヒしてしまった所為なんだろうか。
その、僅かな一瞬にとったネウロの表情。
それに私が何かを言う前に手袋をはめた手が私の頭を掴む力がぎりぎりと上がっていく。
みし、
‥‥してはいけない、音がした気がするんだが、え、ちょっと。
いぃいいででで!!と女の子らしからぬ声が自分の口から出る。いや、もう命の危機だから女の子らしいとか言ってる場合じゃないか。
「だから貴様は、愚かだと言うのだ」
ふぅ、と。
息を吹きかけるように、低い声が、耳に直接吹き込まれる。瞬間、ざわざわ、と言いようのない悪寒が背筋を這い上がっていく。
気持ち悪いきもちわるいぎゃーーー!!
と叫ぶ私の反応を満足げに見下ろして、口元を歪めた。あかいしたが、ちらりと見えた。
決まっている。
「センセイのためなら、僕は努力を惜しみませんよ」
貴様の間抜けな面を拝むためならば、貴様が我が輩を楽しませてくれるのならば。
凶悪な魔人様の釣り上った口から出てくる言葉の裏にみえる、その真意。
たとえ表立っては優しい言葉でも、本当はそれに優しさのかけらもなくて、ただ自分が楽しければいいと、言っている。今更ながらだけど、コイツはなんて最低なやつだ。
かわいくない。
やっぱり全然可愛くない。
なんて思いながら、
‥‥‥まぁ、でも。
心の中で、すこしだけほくそ笑む。
笑っているのがバレたらまた何か言われそうなので、心の中だけで、そっと。
いいかな。今回は。
一瞬虚をつかれたような、なんて珍しい顔を、見れたから。
かわいくない、あなた
そんなあなただから、きっと。
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ネウヤコ同盟に入ってみたのにネウヤコがひとつもないことに焦って書いてみた。
あ、いや、その、ネウヤコへの愛はすごくあるんです!!
なかなか魔人様が素直になってくれなくて、て‥‥・(遠い目
20080514