10センチ



 だいじょうぶ、ですよ。
 ひぐちさん。



 いとも簡単に望んで望んでやまなかった言葉をくれる彼女。とりたてて美人でも頭が良いわけでもないし、人より勝ると言えばその人間とは思えない食欲、くらい。

 けれど。
 そんな割と普通の少女のくせに。

 ひとの内側、ひた隠しにして自分でも忘れようと消そうとしてきた部分。それを見つけてしまう。
 あっさり、と。


       ヘンな奴。


 きっと、だから、なのだろう。
 彼女の周りに様々な人物が集うのは。きっと必然。それはあの化け物の力じゃない。彼女の力、だ。
 純粋にすごいと、思う。自分とは違う、それを。決して当人に言いはしないが。



 ただ、すこし。
 ほんの少し、     疎ましいと思うのも、本当。






10センチ。







「かーつらぎー?」


 こんこん、と形だけのノックをした後無遠慮にドアを開ける。

 そこは誰でも拒まず、な目下売り出し中の探偵事務所。冷やかしの客みたいな客じゃない奴がひとりくらい、何ら問題はないだろう、というのは勝手な解釈だろうか?

 しかし答えを返してくれるであろう声はなく。誰も居ないのかと見回してみる。一応警察官という身分である以上、市民の安全、とやらに献身するのが義務と言うモノ、らしいし。

 すると。
 探していた人物は、ソファの上にいた。


 ・・・・・・完全に、夢の中であったけれど。



 不用心に鍵もかけず事務所を空にするのと、人がいてもその人物が眠りこけているの。どっちが安全なのだろう?思わず頭を抱えていた。

 こんなところで寝るなとか、口空いてるとか、色気のない(「おぉ、むらいすぅ・・・・」とかの)寝言はどうにかならないのかとか。いろいろツッコミたいのだが、とりあえず。


「おまえ、ここに来たのが俺じゃなかったらどうするんだよ」


 たとえば、表面上はなんてことのないあの低血圧の同僚、とか。


 ・・・・・・。
 この間(何の折だったかは定かではないが)、やけにこの少女に甘いあのひとに、冗談半分で声をかけた。




「ジョシコウセイに手ぇ出したら犯罪だよ、笹塚サン」




 そうしたらしばらく例の読めない無表情で黙り込み、まじまじ、とこちらを見返して、また更にたっぷりの間。
 そして、ようやく口を開いたかと思ったら。


「・・・・あと3年まったらいいのか?」


 返って来たのは、本気か冗談か分らない、言葉、だった。


 ――思い出して少し嫌な気分になったから、むに、と目の前の柔らかそうなほっぺをつつく。しかし起きる気配は皆無。安心のような、残念のような。


「お前、ずるいよ」


 心地よさそうにすぴすぴ眠っている目の前の少女。
 自分が犯罪者じゃない、と認めてくれて救ってくれたのは、まさに彼女、なのに。








 どうしよう。
 どうしよう、桂木。








 ・・・・ジョシコウセイに手ぇ出したら犯罪だよ。
 



 自分で言った言葉が蘇る。

 目の前の女子高生、は危機感も何もなさそうに眠っていて。起きる気配は、まるでない。そばにかがんで覗き見れば、目に着くのは彼女の存外長いまつげ。と、薄く開いた淡いさくら色。


 さっきの台詞は訂正、と内心呟く。
 ・・・・ここに来たのが俺でも、俺だから。










「あぶない、じゃんか」
 















 ハンザイシャ、まであと10センチ。


























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ヒグヤコ。正統派にぴゅあぴゅあ。きっと疲れていたんだと思いますうふふ。
ちなみにあと10センチですが助手の妨害により犯罪者にはなれませんでした☆よかったねひぐち!
が個人的理想。

20080517