お茶の時間に致しましょう?






 はぁ、と重いため息が、またひとつ。


 ここへ来てからだけですでに軽く十を超えたその数から察するに、一日での総数を取れば彼女の歳の数どころかかの探偵の歳の数も超えるのではないだろうか。

 いつもならば、花のような(と形容するのはかの探偵である)笑顔の浮かぶ彼女であるのに、本日その表情はひどく暗い。それでも和寅の手伝いでお茶の用意を黙々とこなすあたりは、とても彼女らしいと云える、と和寅は思っていた。


「あー、その、美由紀ちゃん?」
「‥‥」
「もしもーし?」
「‥‥‥」


 ――――だめだこりゃ。
 呼びかけてみても応える様子はない。

 きりきりとお茶を淹れ、てきぱきと机でふんぞりかえる探偵のもとへそれを運ぶ。ただし始終無言かつ沈痛な面持ちで。そしてそのまま定位置であるソファへと、導かれるように腰をおろした。

 そっと給湯室から様子を窺えば、相変わらず沈み続ける少女。と、鼻歌まじりに軽い足取りで、その隣へちゃっかり自分のカップを運ぶ探偵がいた。なにしてるんだ、あのひとは。とは、まだ命の惜しい和寅は決して口にはしない。


 ・・・・本当に、何しているんだ。


 探偵が彼女を事務所に引っ張り込むのはいつものことだ。彼女は玩具ではない、そんな振り回したら可哀想ではないか、と。和寅なりに精いっぱい説いてきたつもり(ただしあまりにも微弱な努力で、通じるはずがないと当初から諦めてはいた)だが、そんな話もお構いなし。
 けれど、連れてこられた彼女がこれほどに落ち込んでいるのは、初めての事態なのである。

 うちの探偵が原因ではありませんように、と切実に祈りつつも、不安はぬぐえない。なにせあの榎木津だから。
 ――――と、ややも不審なことを考えていると。


「オイ!」」
「‥‥‥は、ぃいい!?」


 まさに、その、榎木津礼次郎に声をかけられた。まさかまさか読まれちゃいないよな!?と不安になりながらゆっくり振り返る。
 相変わらずの見目だけならば麗しい顔が、大層不機嫌そうに和寅に向けられていた。そして簡潔に一言。


「邪魔」
「は?」
「邪魔だ、と言っているのが聞こえないのかバカズトラ!いいからさっさとそこを退く!」
「し、ししし、失礼しました!!」


 慌ててそこ―――給湯室から退出する。が、勢いに押されて逃げ出してから、ふと気付いた。
 ‥‥や?あの人がここに自ら立つなんて珍しいこともあるもんだ。と。

 気になって、そっと様子を窺って見る。がしゃーんがたーんと(おそらく、いやきっと確実に)片づけをさせられるであろう身としては不安にならざるを得ない狂想曲が鳴り響く。

 決して給湯室でするに相応しい、たとえばお茶の支度、とかそんなものをしているようにはどうしても見えず、小鍋を火にかけて、くつくつ、という可愛らしい音と甘い香りが漂ってきても、どうにも気が抜けなかった。何故だろう。いやいや、なぜってそうだ、アレが榎木津礼次郎だからか。ん?然し榎木津礼次郎とはこんなところで小鍋を火にかけるような人間だっただろうか?おや?おやや?とひとりで混乱している。


 ‥‥とまぁ和寅が混乱している間に、「できた!」という、夏休みのこどもの自由研究が完成した時のような声が、響いた。ついでに、次の瞬間には給湯室の前に陣取っていた彼は思いきり蹴飛ばされて、「おお、いたのか和寅!」なんて悪びれもしない言葉を聞く羽目になった。

 己が蹴飛ばした助手には目も呉れず、てくてくと長いコンパスが向かうのは、ひとりの少女。
 やっとこさ身を起こしながら見守っていると、どうにも、探偵の手にあるのは‥‥。


「はい、女学生君。手を出して」
「‥‥‥え?」


 急にかけられた声に戸惑う彼女をも無視し、その手をひくと、可愛らしい橙色のマグカップを持たせた。ほわり、と湯気がたっているのが、確認できる。香からすると、おそらくホットチョコレート、だろうか。


「飲みなさい」
「え?あの、え?」
「いいから」


 はてなを沢山浮かべながらも、彼女はおとなしくその言葉に従った。ゆっくりと、カップに口を近づけ、ゆっくり味わう。そして、ぽつり、「おいしい」とこぼした。探偵は、その様子を、滅多に見ない穏やかなまなざしで満足げに見つめ、美由紀の前に膝まづくようにして目線を合わせた。


「だろう?」


 何せこの僕が手ずから淹れたんだ、まずいわけがないッ!
 妙に自信満々だった。

 そのまま彼女のカップを持つ手の上に、手を重ねて引いた。何の予告もなく、それを、ひとくち。


「―――――っ!!???」


 動転して大きな目をさらに大きく見開く美由紀に反して、「うん、上出来だ」と落ち着いた様子でご機嫌な榎木津。言葉さえ見つけられずにいる美由紀に気付いているのかいないのか、にっこり、と、無邪気に微笑みかけて、


「気に入ってくれた?」


 と問いかける。
 真正面からそれに向き合う少女は、ぱちぱち、と瞬きの回数が増えて僅かに目線を逸らしている。落ち込んでいた彼女だ、いつもならうまく対処できるささやかなことも今日は――――――と、思っていた、が。けれど、困ったようにだけれど、返答する彼女は、




「――――はい。ありがとうございます、探偵さん」




 間違いなく、笑っていた。


 いとも簡単に少女を立ち直らせた、あれは意図しているのかいないのか。まぁ、そんなことはどうでもいいかと、今日初めて見るやわらかな少女の笑顔に、我知らず胸をなでおろしていた。うん、やっぱり、こうでなくちゃあ。

 もう、見ていなくても大丈夫だろう、と。いつもどおりの雰囲気を取り戻して、のどかにお茶をする探偵と少女を邪魔することのないように、そっと踵を返したのだった。



































 ――――――ただし、二人を見て得られていたほんわりした気分も、
 給湯室の惨状を見て、一瞬にしてけし飛ぶことになるのだが。





















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久々にエノミユー!落ち込む女学生と励ます探偵。
女学生君が落ち込んでいたのは一応探偵の所為じゃないです!!学校でいろいろあったんだと思います多分(多分て)
‥‥‥あー、ホットチョコレートがのみたいです。
 20081212