3､偽りのない感情



　千鶴ちゃんは、ずるいよね。

　新撰組からいったん離れ、松本先生のもとへ身を寄せて沖田さんの闘病生活を見守る（そう、見守る程度しか、出来ることのない）私に唐突に、彼はそう零した。

「・・・・・え？」

　私はその時、てっきり彼は眠っているものだとばかり思っていたし、かつ、熱が出ている彼の額にのせる手拭いを絞っているところだったし。そもそも彼が私を指して言った言葉が、あまりにも心当たりがなくて。
　だから、完全に油断しきっていた私は、ものすごく間の抜けた声をあげてしまった。

「え、あの。私が・・・・・なんですか」
「だから、ずるいよね、って」
「ずるい、ですか。」
「そう。ずるい」

　熱があるはずだけれど、やけに気分が良く、うたうようにそう紡ぐ。
　幼子に伝えるように、丁寧な優しい声で言われるには内容が不釣り合いな気がしたけれど。

「・・・・ええと、どのあたりが、か、伺ってもよろしいでしょうか」

　わたしがひどく単純な性質であることは、自他ともに認めるところだったから。第一、沖田さんもしょっちゅう「千鶴ちゃんはホント単純だよねぇ」と言っていたのに。それが「ずるい」という単語とは、ちょっと結びつかない。

「誰も別に『小賢しい』とは言ってないよ？君、すっごく単純だし」

　まるで思考を読まれたような言葉にびくりとする。その反応に、「ほら単純だ」と彼はかすかに顔をほころばせる。

「でも、ずるい」
「は、はぁ・・・・？」

　意図するところが分からなくて、首をかしげるしかない。何でですか、ともう一度問うても、彼はただ、くすくす、と笑みをこぼすばかりだ。ああ、これは、こちらの困った様子を見て楽しんでるな、と。これまでの経験から察する。
　・・・・いつもそうだ。こちらは、翻弄されてばかりで。

「沖田さんのほうこそ、ずるいじゃないですか」
「何のこと？」

　ちょっとむっとしたので反論してみても、結果はこうだ。とぼけてしらっとした顔。・・・・・やっぱり、ずるい。

「そういうところが、です」
「そう？」
「そうです！」

　これまで私がどれだけ困らされてきたか・・・・・。と小さく愚痴を言ってみる。
　どうせそんな小言、聞きもしないんだろうなぁ、と思っていたら。笑みが、一瞬。くしゃりと、こどもみたいに歪む。「いやだなぁ、」と。

「僕は、ただ、甘えてるだけなのに」
「え・・・」
「甘やかす、君が悪いんだ」

　それは私を糾弾する言葉。それは彼を、苛む言葉。
　くしゃりと歪む、子供の顔。迷子になって、不安で震えるちいさなこども。そんな形容ばかりが頭に浮かぶ。寂しくて、苦しくて、辛くて。大事な何かを、失って、しまいそうで。――――そんな風に思うから、その声が、腕が、瞼が、震えているように見えるのだろうか。

「誰かに甘えたり、なんて。したくないと、思ってたのに。」
「沖田、さん・・・・」

　ぽたり、と中途半端な水気を残した手拭いから、水滴がこぼれた。すっかり存在を忘れられていたそれは、私の手の体温で、また、ぬるくなってしまっている。ぽた、ぽた。落ちる。そんなささいな音に、消されそうなくらい、かすれて小さな「どうして、」が、聞こえた。



「どうして君は、僕が誰かに甘えたいと思う時に限って、そばにいるんだ」





　ぽた。
　・・・・・ぽた。　





「・・・・・・ごめんなさい」

　一瞬にして頭が白くなって。出てきたのはその一言だけ。何も考えられない。ただ、ひとつだけしか。
　私の謝罪を聞いて、彼は困ったように眉尻を下げる。

「謝られてもなぁ・・・・」
「違うんです。沖田さん。私、今、とてもひどいことを思いました。」
「ひどい、こと？」

　ふるふるふる、と首を振ると、怪訝そうな視線を感じる。
　ああ、私は、ひどい。確かに「ずるい」。沖田さんの指摘を否定できない。


「沖田さんが、誰かに甘えたくないとしても。それを、嫌だと思っていても。
　・・・・・私、嬉しい、って思ってしまいました。貴方に、甘えてもらえてるのだと、そう、思ったら」


　だから、私はずるかったです。ずるくて、とてもひどかったのです。

　あなたが誰かに甘えたいと、そう感じた時私がそばにいるのは。そう願っているから。私に甘えて欲しいと、頼って欲しいと。そう、いつも、願っているから。
　たとえそれを、彼が望まないと知っていても。


　だから、嬉しいんです。
　だから私は、ずるいのです。


「ごめんなさい」


　我がままで、ごめんなさい。
　



「――――そっか」

　逸らしていた目では、その表情をみることはできない。けれど素っ気ない返事が聞こえて、びくりと肩をすくませると、隙をついたように濡れた片手をとられた。
　そのまま引っ張られ、手にすり寄るように頬を寄せられて、戸惑う。

「君がそんなだから、ずるいって思っちゃうんだよ」


　穏やかな色の瞳とかちあう。それは、びっくりするくらい、優しい。
　優しくて、・・・・・勘違いを、しそうなくらいに。
　・・・・・それとも、思っても、許されるのだろうか。甘えて、もらえているのだと。甘えさせて、あげられているのだと。―――――必要と、してもらえているのだと。





　そんな、自惚れを。

甘えたがりシンドローム



本当に甘えているのは、私の方かも知れません。　　　　　

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　沖田さん。殺伐デレ。その一言に尽きる。前半と後半の温度差半端ねぇ。
　千鶴の謙虚さは時に美徳で時にうっとうｓ（ｒｙ
　ちなみに「甘えたくない云々」って、本編のどっかで言ってたはずなんですが。
　土方さんとか近藤さんに対して言ってる普段のあの我儘数々は含まないんですかねェ・・・・。
　　　20091014