無様だねぇ。
と闇の中から嗤う声が聞こえた。
その、気持ちが悪い猫撫で声にはいやというほど覚えがある。どろどろと甘い声音は極楽のふりをして地獄へたたき落とす、まごうことなき魔物のそれ。音もなく開かれた障子の向こうに見える姿は、故に、確かに美しい。
「こんばんは、沖田さま。お会いしとうございました」
うつくしい女のナリをしたソレは、艶やかに空々しく微笑んだ。
腹立たしいほどに完璧な振る舞いに、我知らず笑みが浮かぶ。銀に侵された体に喝を入れて無理やり起き上がると。ひどい激痛。じわじわ滲む脂汗。けれど、そんなものはどうでもいい。だって、焦がれて焦がれて仕方のない相手がわざわざ自分から訪れてくれたのだから。
「そうだねぇ、それについては僕も、まったくの同意見だよ」
「まぁ、嬉しい」
ころころ、と音をたてて微笑む様は、ひどく絵になる。絵にしか、ならない。
ゆっくりゆっくり部屋に入り込んできたそれは、まるで病人を気遣うかのように布団の傍らに腰をおろし、そっと、顔を覗き込んできた。
見れば見るほどよくわかる。その心根がすけるような、醜悪な。
「ほんと、そういう格好がお似合いだね、君は」
「沖田様にお褒めいただけるなんて、装いがいがありますわね」
「うん、最高に気持ち悪い」
「あら、貴方の意中のかたと同じ姿形なのに。そんなこと仰ってよろしいのかしら」
「違うよ。」
ぴくり。と張り付けた笑みが一瞬くずれる。
痛みとめまいで、ともすれば一瞬にして白くなりそうな意識を維持して嘲笑ってやると、「へぇ?」とひどく乾いたこえがした。それが愉快で愉快で。
「全然違う。あの子は、そんな恰好しなくてもきれいだから。きみは、どれだけ美しい着物を着ようが、きれいじゃないんだよ」
きみはせいぜい、そうやってじぶんをまもっていればいいよ。
そう、嗤ってやったら首元に白刃があった。
「よく、言うよ。自分だってこんなに無様なくせしてさ」
小さな脇差だけれど、今の自分の命を奪うのにはそれで事足りるだろう。羅刹になったとはいえ、これだけ弱っていれば確かにざまぁない。
小さくほぞを噛んだことを、目の前のソレは、決して見逃してはくれなかった。にやり、と愉快そうな笑みをうかべて刃を持つのと反対の手を、頬にのばしてくる。ゆるぅりと白刃が皮膚を切り裂くのを感じながらも、まっすぐに目の前のうつろな目をにらみ続けた。
ぬるい外気よりも冷たい鉄の温度と、ゆっくり肌をつたう赤い血の温度。それが、たまらなく気持ちが悪い。
「よかったなぁ、沖田。こぉんな無様な姿でも、千鶴が傍にいてくれて。」
「‥‥‥なに、」
「かわいそう」
たった一言。
ソイツが発するには単純でまっすぐなそれは、ざくりと突き刺さった。だまれ、と言葉にならないおとが、自分の声をしていった、けれど、相手はそれすらせせら嗤って。
「かわいそうな千鶴。もっと早く気付けばよかったのに。人間はこんなに脆い、こんなにつかえない、くだらない‥‥お前は、こんなにみじめだ」
「うる、さい!!」
ちか、と赤く染まる視界にまかせて腕をふるうと、くすくすと不快な残響を残してソレは軽く身をかわした。とたん、ぐわんと視界がくらむけれど、それでも睨む目線だけはそらさない。
「ほんと、よわいなぁ」
「‥‥っるさ、い」
「忘れないで。千鶴は、同類と‥‥俺といるほうがしあわせなんだってこと」
言葉が途切れる。
否定するそれを続けられなかったのは、心の奥底にあった思いであればこそ。
すぅ、と息をおおきく吸い込む。ちかちか明滅する視界の向こうに、月明かりがみえた。さえざえと白く冷ややかなそれを見上げると、なんだか苦笑がこみあげてくる。整わない息と笑いのせいでくるしい。げほげほ、と曰く無様な姿でくずおれて、ちらりと視界にうつった無表情を見ると、余計に笑えてきた。ああ、醜悪。ああ、なんて無残な月夜。
「‥‥千鶴ちゃんと見る月は、あんなに優しいのに」
ひくり、と目の前の顔がゆがむ。
「‥‥きやすく、よぶな」
「君と、一緒にいれば、千鶴ちゃんは、ひとりで、残されるなんてこと‥‥ない、んだろうね。ねぇ、‥‥‥千鶴ちゃんは、それを、望むかな。」
「その方がいいに決まってるだろ。お前、馬鹿なの?」
心底見下したかお。それはそうだろう。言っていることは、おそらくさほど間違っているとは思わない。いやむしろ、笑えるくらいに正しい。途切れて血の混じる言葉を、自分で嫌悪するように歪み嗤う。げほげほ、ととまらない湿った咳。
「それでも、僕は、彼女が好きだ。‥‥必要、だよ」
ああ、なんて最低だろう。そう、思う。笑うくらいしか出来やしない。重なる咳に折れるからだ。息とともに削られていくいのち、のような。そんな。
「あさましいよね。そんな様でも生き永らえようとして。他人を巻き込んで。千鶴を、不幸にして。
‥‥はは、お前を生かしておけば、いつか千鶴は思い知るよねぇ!?人間のあさましさも、弱さも。それから、」
かすれる息の音さえもとまってしまえと、冷たい視線を見おろしてくる。言の葉の刃が真実傷を作れたならば、きっと、この言葉だけで死ねただろう。
「お前も思い知るよ。自分がいかに千鶴を不幸にするか。」
‥‥間違いなく、致命傷だ。
あさましくてみっともなくて最低で、不幸にしか出来ないし、確実に、悲しませてしまうことは分かり切っている。
「‥‥だとしても、僕は、彼女が必要だから。」
そのぶん、ほんの少しでも彼女のしあわせを与えてあげられるのならば、この短い命をいくら燃やしてもかまわない。けれどどうしても、傍にいないことには耐えられそうに、ない。
さやさやと静かな月を、穏やかな心地で見上げることさえ、彼女がいなければ出来ないのだから。
ようやく整った呼吸のもと、そう、かたちだけは良く似た面差しをまっすぐ見上げた。
きりり、と噛みしめていた白い唇をひらいて、無表情に徹したそれは、その内で荒れ狂っているだろう思いなどまるで表に出さず、ただ、静かに。
「‥‥なんとでも、言えばいい。僕にはお前の気持ちなんてどうでもいいんだ、沖田」
ぐ、とえりを掴まれた。そのてのひらがかすかに、小刻みに震えているのは、なんのためなのだろうか。
「本当は、今すぐ殺してやりたいけど、それまでは生かしておいてあげるから。早く思い知って、絶望して、それから死んでよ。俺と、千鶴のために」
切望するようなそれ。突き放した腕の強さは、きっと。
本当は、傍にいることだって許したくないんだけど。
そう、言い残してひらりと庭へと姿を消した。わざわざ毒付いて残していったその言葉が、うっすらソレの言動に見え隠れしていたみにくさ、その正体をすこしだけ露見させてくれた。
(つまりは、ただの嫉妬でしょう?)
それはあながち、彼から自分に向けて、だけのモノではなくて。
ただでさえ、『ひと』より永い時間をあのこと共有してあげられる、寂しがらせずにすむ、よりちかい存在、あまつ、己の身の上を呪えばこそ。
そんな、小さいけれど、なによりも素晴らしいことが出来ることが。
それさえつまりは、
ただの嫉妬。
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沖田は仲の悪いひとと話している時が一番いきいきしていらっしゃるとおもうのです。
ヤンデレVS殺伐デレ。いやなどえす対決だよなぁ、このルート。
20101020