「つまんねぇ男に捕まるんじゃねぇぞ」
お前はきっとイイ女になるからな。そう言って土方さんは笑っていた。
近所のこどもとか、妹とか、そういった類に向ける優しい忠告。
そして、警告。
釘をさされた、気がした。
―――間違っても俺のことなんか、好きになるなよ、
勘違いかもしれないけれど、確かに、そう聞こえた。
或いは小娘の私と違って経験豊富で敏い彼のことだから、もしかしたら気付いていたのかもしれない。私ですら気づいていなかった、憧れに交ざる仄かな気持ちに。
***
何故、と聞きたくて仕方がなかった。
どうして、よりにもよって。選択肢は他にも幾らでもあったはず。何故よりにもよって、ここを選んだのだろう。この娘は。ばかか。いや多分、ばかだ。
けれどそんなこと聞けるはずも言えるはずもない。それは認めてしまうも同然。ふざんけんな。
「あ、あの。」
「あ?」
「お茶淹れなおして来ましょうか?」
「別に文句なんざ言ってねぇだろ。何だ藪から棒に」
「いえ。その。いつもより眉間のしわが3本ほど‥‥こう」
きゅ、と自分の眉間にしわを寄せてみせる。が、不思議なほどに緊迫感のかけらもない。逆に特技じゃねぇのか、それはいっそ。
「だから美味しくなかったのかなぁ、と思いまして。」ともごもご盆の向こうで呟く。
要するに自分の上司が険悪な目つきをしていて、その元凶が自分の淹れた茶のせいではあるまいか、と懸念したらしい、と。
‥‥‥。阿呆か。
「‥‥そんなんじゃねぇよ。」
「そ、そうですか」
良かった、と心底安堵したように息を吐く。
茶の一杯で機嫌を損ねると思われているのはやや心外だったが、それに関係して八つ当たりめいたことをした覚えも、無きにしもあらずであり、弁明できないのが痛い。
「あの、それじゃ何かありましたか?もし、私に出来ることがあったら、何でも言って下さい!」
だから、
お前はどうして、
真剣なまなざしを、一途なまなざしを真向から受けて、目を反らした。後ろめたいと認めているようなもんだ。知っている。後ろめたいったらありゃしねぇ。
自然机の上に戻った視線は、血なまぐさい内容、汚いやり取り、腹の探り合いが紙の上で踊っているのをみた。
目の前の小娘にはまるで縁のない――――そう、縁がない方がしあわせな世界。
不意に、堪え切れなくなる。
「やめろよ」
「へ?」
吐き捨てたそれは届かなかったらしい。幸いか、不幸なのか。
聞き返されるのが面倒でさがるよう命じれば、仕事の邪魔をする気はないらしく失礼しますと声がした。振り返らなくても分かる。どうせいつものように見てもいない相手のために、馬鹿丁寧に頭を下げて、幸せそうに笑っているのだろう。
だから、それが、
「‥‥千鶴。俺ァ、以前お前に言ったことがあったな」
「何を、ですか?」
「つまんねぇ男に捕まんじゃねぇぞ、って。言ったよな。お前に」
「‥‥‥そうですね。伺いました」
「もう一度、言っておくぜ、千鶴。つまんねぇ男には、捕まるんじゃねぇぞ。絶対に」
まだ間に合う。
間に合うはず。今ならまだ。
だからやめてくれ。お願いだから。
「だいじょうぶ、ですよ土方さん」
ひくり、と肩が跳ねる。こちらの懇願など聞き入れもしない、耳慣れないほどに静かで穏やかなこえ。
振り返りたくなる衝動はねじ伏せた。ひとかけらも動揺は見せない。
「私が捕まったのは、つまらない人なんかじゃないです。
強くて、不器用で、ちょっと怖くて、でも――――やさしい、ひとですから」
私は、今この瞬間もしあわせです。
それは、あまりにも「女」の言葉だった。あまりにも迷いのない、あまりにもためらないのない。少女でも小娘でも、なく。ひとりの女。
そうか、とだけ返すのがやっとだった。
けれど決して振り返るまいと、思った。振り向いてしまったら、おしまいだと、思った。
それこそ、間違いなく、捕まってしまいそうで。
鬼さん此方、手のなる方へ
(捕まるのも時間の問題だ。この見かけは可愛いだけの"鬼"さんに。或いは――、)
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土方ルートのちづるんの献身っぷりにはびっくりだ。あれは惚れる。
釘は刺しつつも決定的に拒めない・拒まないのが土方さんだと思ってる。基本駄目男だもの。
20100205